＊ ページ5
＊
仕方なかったのだ。
誕生日なのに、あの日は疲れ果てていてちっとも冷静じゃなかったし、話を聞いたらタツのことが不憫に思えてしかたなかった。
歩いたり、話したり、生きているときと同じようにできるのに、誰にもその存在を気づかれずにふらふらと町を彷徨うだけの毎日は、それはきっとひどくさびしく途方に暮れるものだろう。
そうやってあの日の私はしばらくタツの話を親身に聞いてあげて、その上家にまであげてしまった。
あの日からこの嘘のような生活が続いていた。
たまに、私はとてもはっきりとした夢でも見ているのかもしれないと真剣に思うことがある。
だって幽霊は、非科学的で、おぼろげで、もっと不確かなものなのではなかったんだろうか。こんなにも幽霊ときちんと会話をし、意思疎通が取れることなんて本当にあるんだろうか。
ココアを淹れる幽霊なんて、まるでおかしい。
「そろそろベッド戻ろうかな。」
どれくらいの時間、居間にいたんだろう。
ココアを飲み終わったあともタツととるに足らない話をしている間に、すこしずつまぶたがおもたくなってきていた。
「眠れそうなん？」
タツが上目遣いで私の顔をまた覗く。
「うん。もう平気。ごちそうさま。」
「添い寝したげよっか。」
「大丈夫だって。子どもじゃないんだから。」
なぜか得意げなタツにわたしが笑いながら言うと、ふうんとつまらなそうに口角を下げた。
存在として、タツは大人の男性の幽霊というより、どちらかと言えばおだやかな大型犬とかおおきなクマのぬいぐるみとか、そういうものに近い。
人なつこくて甘やかで、いろんな意味で常識はずれだ。
「じゃあ、おやすみ。」
「おやすみ。よう眠れますように。」
タツの手がくしゃくしゃと私の髪の毛を撫でる。タツは幽霊だから、その手には温度がなく無機質にすら感じる。それでもどうしてか私は心の底から安心してしまう。
それと同時に、ゆるやかに胸が押しつぶされるような感覚になる。
タツがこの世にとどまっている理由は一体なんなのだろう。
この世界のどこかに、いなくなってしまったタツを恋しく思っているひとが、タツが思い出したいひとが、きっといるはずなのだ。
「添い寝必要やったら寝室から呼んでな。」
寝室の扉を開けようとしたとき、おどけた表情でタツがそう言ったから、私はしつこいな、とまたちいさく笑い、手をひらひらと振って寝室に戻った。
＊
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 161人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
蒼 夢見子(プロフ) - まゆ☆まゆさん» まゆ☆まゆ様、お久しぶりです…！早速コメントくださりありがとうございます。かなり前のお話をまだ読み返していただけてうれしいです…(T . T)少しずつの更新にはなりますがお付き合いいただけると幸いです！ (2022年11月20日 18時) (
レス) id: a5f8e6e331 (このIDを非表示/違反報告)
まゆ☆まゆ(プロフ) - お久しぶりです。数日前に満月の夜は〜を読み返したばかりです(^^)また蒼夢見子さんの新作読めるの嬉しいです♪続きも楽しみにしてます。 (2022年11月20日 6時) (レス) id: 9548b7921c (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：蒼 夢見子
| 作成日時：2022年11月20日 0時
