七話 ページ8
「え、何て?」
まじまじと顔を見られ、伶香は首を傾げる。何か言ったようだったが、ごう、と近くを通った大型トラックの音で聞こえなかった。
「いえ、何でも。あ、水溜まり気をつけてください」
静霞の目が逸れたかと思えば、ぐい、と手を引かれた。足元の水溜まりより、手のひらからダイレクトに伝わった静霞の体温に意識を引っ張られる。
(う……わ)
最初に腕を掴まれたときにも思ったが、熱い。
伶香の全身に力が入った。神経が手のひら一点に集中していく気がする。つられて伶香の体温も上がるようだった。
「まだ真っすぐでしたっけ?」
気をつけろと言った水溜まりを避けて信号で立ち止まっても、静霞の手が離される気配はなかった。
「こ、れ渡ったら右、だけど……あの、手」
「わかりました」
離していいのか、握り返せばいいのか。一瞬迷って、握り返すという選択肢を導き出した己の頭を疑った。まず、どうして手を繋いだままにするのかが理解できない。ただ振り払うのもあからさまに嫌がっているようで忍びなくて、訴えるようにその横顔を見上げる。
その整った横顔は前を見たままだった。
伶香の手は開いたままなのに、静霞が気にする様子はない。ちらりと目を向けられた伶香の方が意識してしまって、俯くほどだった。
「……あ、鞄」
繋がれた手を見て口をへの字に曲げたところで、伶香はようやく、自分の両手が空っぽなままのことに気づいた。隣を見れば、静霞が肩にかけたスポーツバッグの隣に、伶香のスクールバックが並んでいる。
「ん? ああ、構いませんよ」
受け取ろうと繋がれていない方の手を伸ばしかけた伶香だが、ちょうど信号が青になって静霞が歩き出してしまい、取り返すタイミングを失った。
促すように引かれて反射的に握り返してしまい、ううん、と伶香が喉の奥で唸る。
(これは、ちょっと、あぶない)
顔に熱が上っているのが、伶香自身にもわかった。
あまりのさり気なさに途中まで気づかなかったとはいえ、この年頃の男子に鞄を持ってもらうなんてことは初めてである。そういえば、こうしてひとつの傘に収まるのも。二人きりで帰るのも、肩をくっつけて歩くのも。もちろん、手を繋ぐのも。
もう、繋いだ手のせいですべてを意識してしまって仕方がない。
べたついているのは雨で濡れていたせいか、手汗なのか、不安になった。
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作者名:翡翠月 | 作者ホームページ:https://mobile.twitter.com/hisuigetsu
作成日時:2022年3月4日 12時