36.「一緒にいたら怖くない」 ページ36
RJ side
『ロンジュンって海嫌いそうなのに好きだよね』
「Aだって泳げなそうな顔してるくせに」
揶揄うような言葉に返ってくると思った軽口は返ってこなかった。
不思議に思い、未だに海を見つめるAの横顔に視線を移す。
水分量の多い瞳が朝の光を反射して、
それが泣いているように見えた。
『……私ね、小さいとき、水が怖かったの』
「うん」
『でもドンちゃんが一緒にいたら怖くないだろって手繋いでくれて、一緒に入ったらほんとに怖くなくて………』
同じ話を去年ドンヒョクからも聞いたことがあった。
じゃんけんで負けて飲み物を買いに行かされた時に
「Aって泳げるんだな」と言った俺に
「まー俺のおかげなんだけどね」と話していた横顔をよく覚えている。
Aのことを揶揄ってふざけてばかりのドンヒョクのあんな優しく穏やかな顔は
あの時以外見た覚えがない。
「A？」
『ううん、……もう水は怖くないのに、どうして海に来るのが怖いって思ったんだろうね』
「………」
『へへ、こんなこと言ってもロンジュンは困るよね』
「……思い出は上書きされないんだってさ。増えるだけで消えたりしないんだよ。だから、大丈夫だって」
いつか本で読んだセリフを言葉に出せば、
Aは「ロンちゃんいいこと言うね」といつも通りにヘラヘラと笑った。
いつかAに泣けばいいのにと言ったことがあるけど、俺はきっとAが泣いたらどうすることも出来ないと思う。
もどかしい。こんな自分が嫌になる。
ジェミンみたいに…は無理でも、
ジェノみたいに優しく余裕を持てたらいいのに。
でもそんなことを言っても他人になれるわけじゃない。
よし、と心の中で意気込んでAの髪をぐしゃぐしゃに撫でまわした。
『ちょ！ロンジュン？！なにすんの！』
「お前は、」
『うん？』
「Aは、馬鹿だけどいいやつだし、他のやつがどうか知らないけど俺は可愛いと思う」
『それって褒めてるの？貶してるの？』
「どう考えても褒めてるだろ」
『へたくそすぎない？』
「もう二度と褒めない」
『うそうそ！ありがとロンちゃん』
「ん」
こんな言葉が俺の精一杯で、
でもちゃんと伝えるから、もう少しだけこのままでいたい。
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作者名：ロク | 作成日時：2022年5月8日 2時
