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桜は今年の仕事を終えたかのように散り始めていた。
ピンク色の桜は、綺麗に舞いこの部屋には空の色と合わさって眩しいくらいだ。
この部屋から見える景色はまるで、小学生がイメージで描いたような景色にも思える。それだけ、この空間は異質で綺麗だ。
「去年も思ったけど東京の桜も綺麗だね」
やっぱり桜は日本全国共通で綺麗なんだなって。そう付け加えて笑った。
今少しAが笑ったような気がした。気のせいなんかじゃない。
「場所は違うけど、今年もAと桜が見れて本当に良かったよ」
少しだけ窓を開けると、春の匂いを乗せた風がふわりと入ってきた。俺とAの髪を少しだけ揺らした。
けれど、幾ら外の風を入れた所で耳に入る音は変わらない。敷地内が静かということもあり、俺の耳には依然として無機質な電子音が響くだけだ。
「Aってずるいよね。俺のいないところでこうなっちゃうんだから」
突然、Aが職場で倒れて病院に搬送されたと聞いて、急いで来たら長くないと言われて、意味が分からなかった。
何が何だかわからないまま３日が経過し、ようやく状況が飲み込めた頃には、Aはこの大量の機械がないと生きられない身体になっていた。
「ほんと、人生って何が起こるかわかんないね」
Aに言っても当然、返事はない。勿論、笑うはずがない。
「全部、遅かったんだよね」
もっと俺とAの間には、幾らでも時間があると思ってた。だから、ホワイトデーのお返しにピンキーリングを送ってしまった。
本当なら、もっと別のもの送ればよかったものを。
「俺はAの笑った顔が見たいんだ。泣きながらでもいいから、Aには喜んでほしいから」
急いで、けれど慎重に、Aが喜んでくれそうなリングを左手の薬指にはめた。本当なら、もっと別のシチュエーションでやりたかったんだけどね。
「俺と結婚してください」
こんな状況で一人でやっていて頭がおかしいと笑われるかもしれない。だけど、これ以上後悔したくない。
Aが起きてたらどんな反応したんだろうね。
「もう休んでいいんだよ」
病室の窓を全開にすると、春の息吹が部屋全体を包み込んだ。
「俺は絶対にAのこと忘れたりしないから」
高校の卒業式に交換した第二ボタンを握りしめた。あの日から、ずっとお守りとして肌身離さず持っていた。俺に取って大切なものだったから。
「ずっと、愛してるから」
パチン、という音を境に電子音はリズムを奏でることをやめた。
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