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無明長夜は明けずして ページ42

それから、どれほどの時間が経っただろうか。私は鮮明になった視界を、少し遠くの窓の外へと移した。長い夜は、時間の経過を感じさせない。日の出までにはまだ長い時間が必要なようで、純粋に訪れた闇は独特の輝きを放ち続けている。

「…落ち着いた?」

ようやく呼吸が整い始めた頃、彼はそう言葉を発した。慎重で、思いやりに溢れる声色。そしてその表情は優しさに包まれていて、すっかり水分が失われた私の瞳に温かく映る。

「……すみません、」

私は頷き、小さな声で呟いた。大量の涙で、きっとメイクはすっかり剥がされ酷い顔をしているだろう。まして、痛々しい泣き顔まで見せてしまっている。そう思うと、急に羞恥で視線を合わせることが出来なかった。涙の通った跡は、もう既に渇き始めている。

「ううん、落ち着いて良かった。」

彼はその先に、何も言葉を続けなかった。

私がどうして泣いていたのか。何に傷付いていたのか。この涙は、誰に向けられたものなのか。

…それは、山本さんへの想いなのか。

その全てを、彼は何も口にしなかった。きっと彼は、私の感情を全て分かっていたのだろう。私は彼に、何か特別なことを話したわけじゃない。けれど、あの時の表情や温もりが、その全てを物語っていた。

「…ありがとう、ございます。」

その言葉に、彼はそっと微笑んだ。まるで罪悪感を感じさせないフラットな目尻が優しい。握られていた手をどちらともなく放すと、私の掌に彼の温もりが残響した。

「ねえ。たくさん泣いたら、喉渇かない?」
「…えっ?」

空気を一転させるようなカラッとした言葉に、私は思わず耳を疑った。しかし彼は微笑みを浮かべたまま、堂々と私を見つめている。凄みのあるその表情は、何か意図があるようで…。

「今日は俺が、Aさんに一杯作っちゃおうかな。」

子供が悪戯を目論むような声色をして、彼は勢い良く立ち上がった。お邪魔します、と律儀に礼をし、バーカウンターの奥へと進んで行く。

「そんな、色々してもらって申し訳ないですよ。」
「良いから、待ってて。」

立ち上がろうとした私を食い止めるように、彼は人差し指をソファに向けた。それからくるりと向きを変えると、後ろに並べられた瓶たちのラベルをじっくりと見始めた。途方もない数がある中で、一つ一つ丁寧に手を取っては、棚に戻すことを繰り返していく。思わず口を挟みたくなった。しかし、その目つきに隠れた真剣さに、私は何も言わずに再び腰を下ろした。

独りよがりに不変を望んでいた→←その温もりは、きっと



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萌衣(プロフ) - akiakiさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!ニコラシカは「決意」「覚悟を決めて」というカクテル言葉を持っており、その後の展開を示唆するような存在になっていました。そう言って頂けてとても嬉しいです(;;)良ければ続編もよろしくお願い致します…! (2020年12月4日 7時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
akiaki(プロフ) - 少し遅れましたが、心打たれたので感想を書かせていただきますね。“決意”ですか。良いですねぇ (2020年12月3日 23時) (レス) id: 9ea9a75c9d (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - みるくてぃーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!実は主人公が選ぶカクテルは、全て思いや感情とリンクするように描いていました。それに気付いて下さって、更に調べて下さるなんて、嬉しい限りです(;;)長くなりますが、良ければ完結までよろしくお願い致します…! (2020年11月14日 8時) (レス) id: ba6d0efe33 (このIDを非表示/違反報告)
みるくてぃー(プロフ) - コメント失礼します!カクテル言葉、存在を知ってはいましたが、ひとつずつの意味を知るのは初めてで調べることも楽しかったです(*^^*)また更新楽しみにしています! (2020年11月13日 22時) (レス) id: c5c88d3947 (このIDを非表示/違反報告)
萌衣(プロフ) - たーさん» 初めまして、コメントありがとうございます…!この作品が毎日の楽しみの一つになれているなんて、とっても嬉しいです(;;)素敵なお言葉、本当にありがとうございます。長くなりますが、良ければ完結まで見守って頂けたら嬉しいです…! (2020年11月10日 23時) (レス) id: cd279427a1 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:萌衣 | 作者ホームページ:   
作成日時:2020年10月21日 16時

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