検索窓
今日:1 hit、昨日:33 hit、合計:25,300 hit

66 ページ27

貴方で終わりたい。


 簡単に絞め殺せてしまいそうな雪切の首の感触を、まだ手が覚えている。

 数日が経っていた。あの後のことはあまり覚えていない。カルテを返して、事後処理を終えて…気づいたらここにいたという不鮮明な記憶。
 幸か不幸か、借物のカルテだった。寂雷は、急患の雪切の担当ではない。

 一二三と独歩にも連絡したような気はするが、彼らは見舞いに行っただろうか。きっと雪切は喜んでいるだろう。


 _あの日から寂雷は、一度も顔を出していない。




 身体は自分の想像以上に疲労していた。そう思わなかったのは脳が麻痺しているからだろうか。


 熱いシャワーを全身に浴びている。
 髪を流れ身体を伝い落ちる雫。排水溝へ流れゆくさまを壁に手をついてじっと眺めていた。


もう、何もかも…。


 目を閉じたかった。
 逃げてきた自分を否定したかった。どうにも、限界だったのだ。


あの時、彼はどんな顔をしていたのだろうか。


 熱い息を吐く。目頭がじりじりと痛みを持つ。


彼が、目を覚まして本当に…。


 安心したのだ。心の底から。
 指を絡めた時。彼の鼓動を感じた時。琥珀の様な瞳が、山吹色の輝きが、自分のものになった気がしたのだ。


逃げてはいけない…わかっている。

彼を守るとほざいたのはどの口だ。

…ただの独り善がりだという事も、理解している。しかし__


…わからない。


私は一体どの立場で彼と接しているんだ、どう、接せばいいんだ。

友人?兄?父親?それとも…__。

…たった一人の患者にこれほどまでに心を侵食されるものだろうか。


 何度も恐怖する。じわじわとあの日、寂雷の腕を紅く染めたように、侵食する瞳に恐怖する。
 振り切りたくて、逸らしたくて、寂雷は浴槽を出た。





「ゆ__……。」

 リビングへ足を運び、勝手に口から零れ出た言葉に苦笑する。

「…さっきまで、考えていたのになあ…。」

 ソファに身を預ける。彼の定位置。


 いつもの彼は、いない。


 一二三のようにお喋りでは決してないが、彼が傍にいると、安心感を覚える。この部屋には、ソファがあって、家電があって、テーブルがあって__彼がいて、完成するのだ。




「__君のいない部屋は…酷く、広く感じるよ。」




 宛てのない言葉が落ちた。




「今までと同じさ。戻っただけ、のはずなんだけれどね。…ああ、私は……___」








「…君のいない生活には、耐えられなくなってしまったようだ。」

67: 観音坂独歩の世界→←65: 神宮寺寂雷の世界



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (77 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
171人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

Last(プロフ) - のそけさん» ありがとうございます。シリアスものは批判という名の逆境も多いですが、そう言っていただけるととても嬉しいです。 (2020年5月23日 22時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
のそけ - つらいけど、いい作品でした。ありがとう。 (2020年5月16日 19時) (レス) id: d765cbd891 (このIDを非表示/違反報告)
ぴみゃ@ごりらー(プロフ) - え……好きです……() (2019年10月31日 17時) (レス) id: e205c70a13 (このIDを非表示/違反報告)
Last(プロフ) - 彩晴さん» こんにちは。小説を書いていて喜びを感じる時は、作品を書きあげた時と、やはりこうして感想をいただいた時ですね。それはどんなに時間が経っても変わることは無い様で。僕からも感謝を。この作品を愛していただき、ありがとうございました。 (2019年5月16日 23時) (レス) id: ec5508f4a5 (このIDを非表示/違反報告)
彩晴(プロフ) - こんにちは。作者さんの世界観に取り込まれて、一気に読破してしまいました。話の流れや表現の仕方、なにからなにまで自分好みで。読んでいてとても心動かされる作品でした。完結してから期間あいておりますが、この感謝を伝えたくて。これからも作品楽しみにしてます。 (2019年5月16日 17時) (レス) id: 332aee91a7 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:Last | 作成日時:2018年12月16日 21時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。