短編・Ifヤンデレ〜記憶喪失〜 ページ2
淀んだ目
(山姥切長義)
「…主」
「……私は、主じゃない」
だから、そんな淀んだ目で私を見ないで_
そう思っても何度も何度も彼は私の元へ訪れて、目を背けても私の視界に入ってきた。
いつものように私に声をかけるその人…いや人じゃない何かに目をやることもなく部屋の隅のベッドに腰掛けて私は呆然としていた。
わからない。
私は何者なんだろう。
強烈な痛みがひいた時には全てが私からぬけていた。
それが分からないとバレた時にはもう遅くて、周りの大人達は私をこの暗い部屋に閉じ込めた。
こんな暗い部屋じゃあ、今が何時なのかもわからない。
でも別にいい。
何もない私にここから抜け出す理由も意思もない。
目的もないから生きたいとも思わなかった。
それなのに_
「…でも君は俺の主だ」
彼は優しく微笑んで私に生きる意味を与えようとする。
今日もまた「愛してるよ」と微笑んで私の手の上に彼の手が重なり、頭を撫でて隣に腰掛けた。
私はやはり可笑しい。何度愛を囁かれても全く心が動かない。
日に日にやつれていく私とは対象的な姿で彼はいつも綺麗だ。……だんだんその容姿に磨きがかかっている気がした。
そう言えば前にどうして身なりを綺麗にしているのか突拍子に聞いたことがある。
なんでも「好意を抱く女性の前でふしだらな格好はしない主義」だそうだ。
それなら、その好意を抱かれた女がふしだらな格好をしていても何も言わないのは逆におかしいんじゃないかと思った。
……いっそのことそのぐらいのことで嫌われてくれた方が一人で惨めに死ねるのに
「また少しやせ細ってないかな」
私の頬を勝手に触ってくる。
「ちゃんと食べてくれ」
「…」
ちらりと横目で部屋の質素なテーブルの上にある冷めきった食事を見た。
……あんなもの食べたいと思わなかった。
「…主、こんな物を買ってみたんだ」
彼が思いついたように、懐をガサゴソするとりんごと書かれた紙パックを取り出す。
……きっと私の食欲不振を見かねたんだろう。
だが、そんなもの飲ませようとしても無駄だろう。
私は倒れる寸前に大人達の手により、点滴というのを受けて強制的に栄養を摂取させている。
……つまり食べる必要性もないんだ。
なんのために生きているのかもわからずにただ生かされてあまりにそれは…絶望に等しかった。
そしてこの状態に喜んでいるこの人でない者の存在も
私は嫌いだ。
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作者名:沙恵燬 | 作成日時:2019年11月25日 2時