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一際強い風が吹いたその時、靡く髪を無視して少女は振り返った。
やや興奮し薄桃色に染まった頬に、茶とも黄ともつかぬ栗色の瞳が揺れる。
不思議そうに2回ほど瞼を閉じたけれども、それは二度と現れなかった。
「……お母様?」
名を呼ばれたような気がしたのだ。
それも何回か、強い、大きな声で。
だがもう母の声どころか人の声も聞こえてこない。
気のせいだったのだろうか。
ああ、もしかしたらランチが出来上がったのかもしれない。
お母様が用意してくれた、ほっぺたがとろけ落ちるほどに美味しいランチとお菓子。
想像するだけでAはよだれが出てきた。
そうと決まれば、早速お母様のいる所へ行かねば。
今しがた落ち葉や綺麗な木の実を集めていたのを一旦中止し、そのうち選りすぐりの美しさを持つものをエプロンのポケットに大切そうにしまう。
ランチを作ってくれたお母様のお礼にプレゼントしよう。
子どもらしい可愛い案が浮かび、Aはまた走って屋敷へと向かった。
草むらを越え、クモの巣をくぐり、原っぱを駆ける。
そうすれば屋敷の玄関扉が近づいてきて、Aは勢いよく扉に体当たりするように開けた。
そして1度は言ってみたかった「ただいま!」を元気よく言い、外用の靴を脱ぎすてる。
輝く笑顔は返事としてヴィクトリアの「おかえりなさい」を期待していたが、一向に返ってくることはない。
「…お母様、ただいまー?」
諦めずにもう1度言ってみたものの結果は同じ。
屋敷の廊下は静寂に包まれており、気のせいか明かりが暗くいささか怖い。
首を傾げ眉を不安げに顰めながら、曲がってすぐの台所へと行く。
そこにもヴィクトリアはいなかった。
開け放たれている窓からはさっき見たよりも雲の多い空が見え、太陽が隠れたり現れたりを繰り返している。
冷たい空気も吹き込んできており、窓際に置いてあった花瓶の花がゆらゆらと揺れた。
「アップルパイ…」
…が、調理台にある。
ほぼ完成形であるそれはあとはオーブンに入れるだけの状態で放置されており、近くに果物ナイフもあった。
他の物にも目を通すが、様々な調理道具その他が入れてある棚が開いているだけ。
お手洗いかしら、そう思いついたAは目的地へ急いだ。
そこにも、ヴィクトリアはいない。
自分でも気づかぬうちにAは涙目になっており、心臓が少しだけ速く脈打ち始める。
時間制限をかけられているわけでもないのに、急がなきゃと、どういった根拠からも分からず屋敷を走り回る。
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白梅 和平(プロフ) - ccさん» コメントありがとうございます!第3章は特に内容が複雑なため書くのに苦労しているのですが、ちゃんと伝わっていると分かり安心しました。久々のコメントで嬉しかったです。更新頑張ります! (2018年4月8日 14時) (レス) id: 4fe8a6b6f6 (このIDを非表示/違反報告)
cc(プロフ) - 情景描写が繊細で、独特な世界観にすぐ引き込まれてしまいました。もっと評価されるべき作品だと思います。続き、楽しみにしています! (2018年4月7日 10時) (レス) id: 3524d9e2e8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:白梅 和平 | 作成日時:2017年7月4日 21時