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「違うの、逆らうって感じじゃなくて。ただAが主張した権利を、ジンは素直に受け容れて認めただけ、みたいな。元々、ジンの仕事は監視だけで、私たちの面会のことを取り決めるのはAの役目と決まっていたみたい」
「しかし、だからといって奴は、役目云々で大人しく引き下がる性質ではないだろう」
「そうね…。でもジンは実際に、ほんの少しの反論すらしないで、Aの言う通りに動いたのよ。私も志保も、仰天してしばらくはポカンとしちゃったな」
そこまで言って明美は、少し暗い顔をする。喋る声のトーンが後半少しずつ下がっていたことに気づいていたおかげで、俺は彼女の表情の変化にもすぐ反応して声をかけることができた。
「どうした、何か嫌なことでも思い出したか」
「…ううん。嫌なこととは少し違う。悔しかった、とでも言えばいいのかな」
困ったような表情を浮かべる明美。説明するための言葉を探してくれているのは伝わってきたから、俺は焦らせてしまわないようにそっと視線を外して、手元のカップに指をかけた。
そのまま口元へと運び、ゆっくりと喉を潤していく。後味にほんのりした渋みが混じる、香り高くて美味い紅茶だった。
「───その日はね、秀君が居なくなってから初めての面会の日だったの。だからジンは不機嫌だったし、私はそんな彼のことを恐れてた。志保は怖がるよりも怒ってたみたい。Aだけは、いつも通りだった気もするけれど、どちらにしろ、部屋の空気は最悪だったわ。
だけど、私たちじゃジンには敵わないから、嫌でも言うことを聞くしかないでしょう?だって、面会すら許可がなくちゃできないような立場だったんだもの」
「…俺のせいで、すまない」
「違うの、謝ってほしいわけじゃなくて。それに、秀君のせいだなんて思ってない。そうじゃなくてね、」
そこでひとつ息を吸った明美が語ってくれた内容は、俺をとても驚かせた。それこそ、Aの意見にジンが素直に従ったことなど、ただの前座、些事だと思えてしまうほどに。

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作者名:櫂渦【とーか】 | 作者ホームページ:https://www.pixiv.net/users/28997649
作成日時:2023年5月28日 23時