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今まで怖かった。
前が見えなくて。
音が紡げなくて。
歌が歌えなくて。
だけど、今日は何も怖くない。
きっと、私を待ってくれていたファンの人だってこのライブに来ている。
私と天月の二人を好きでいてくれていた人もいる。
私の帰りを待ってくれていた人、私を知らない人、そして、天月が居る。
本当に何も怖くない。
だって。
私は、全員分の涙を吹き飛ばしに、自分の涙を、苦しみを吹き飛ばしに来たの。
ベースを手に取り、そしてそのまま天月がマイクを持つ場所に寄る。そのマイクの電源を切り、私はファンの人に聞こえないような、天月にだけ聞こえるような声で言う。
想いを告げて。そうして、そのまま黙って元の場所に戻る。
今なら、声が出る。
歌が。
そう、そうして、私は歌声を搾り出した。
息をするように、声が出た。
揺れる。
揺れる。
揺れる。
復活の狼煙と、予想外の可能性と、観客の歓声と、私の喜びと、天月の泣き声と。
確かな旋律と、会場の空気と、天月の歌声と、__私の歌声が。
全てが混ざり合って空気が揺れる。
天月が泣きながら、間奏中に私の元に歩み寄って、そう告げた。
「俺も、Aと音楽と一緒に生きて行く。俺もずっとAが好き」
そんなどこまでも高く飛べる、羽ばたいて行ける最高の一言。
そうして、また揺れる。
ドラムが、ギターが、ベースが、シンセサイザーが、狼煙が、可能性が、歓声が、泣き声が、喜びが、幸福が、旋律が、空気が、地面が。揺れる。
だけれど、どれだけ揺れても私は揺らがない。
私の声はこれから先、ずっと、一生揺らがない。
本当に何も怖くない。
天月からの言葉も。
音楽も。
歌も。
何もかも。
私は、天月と歌っていれば、どこに居ようが生きて行ける。
彼と、歌声と、ファンと。
それがあればこれから先どうなったって生きていける。
一曲目が終わったばかりだと言うのに、天月と私の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
歌が歌えなくて、長年苦しんだ。
お互いに気持ちを隠し、長年苦しんだ。
今、ようやく自由になれたのだ。
私と、彼はもう自由だ。
これから先に怖いものなんて何処にもない。
恋も歌も何もかもを手にした私達には何一つ壁なんて無い。
涙を二人で乱雑に拭い、そうしてマイクを持つ。
「ここに、歌い手Aの復活を…そして、天月とAのコンビの復活を宣言、二人の交際を報告いたしますッ!」
この歌を、彼の歌を一緒に抱えて。
これから先の未来を。
どこまでも高く、高く飛んで羽ばたく。
世界に、空に。
私と天月の音を降らせて、いっぱいに。
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ほさと - とても感動しました。占ツクの歌い手様を扱った作品には珍しくしっかりと小説になっていて、一介の読書好きとしても嬉しかったです。どの作品もとても美しい比喩があり、音読したい作品だなぁと思いました。 (2019年7月14日 20時) (レス) id: fdc2472f82 (このIDを非表示/違反報告)
弓乃 - 皆様の素晴らしい文章に心が震えました。ありがとうございます。執筆お疲れ様でした。これからも頑張って下さい。 (2019年6月17日 16時) (レス) id: d99258de7b (このIDを非表示/違反報告)
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