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「1年生、かな? だめだろ、ここ危ないよ」
「あなただって、ここにいるじゃない」
「俺は。俺はいいの、上級生だから」
「なにそれ。ずるい!」
ふふん、と少しだけ得意気な青が気に入らなくて。小さく頬を膨らませた。
ちょっとだけ。彼とお話して分かったこと。名前は、そらるくん。本名か渾名かは分からないけれど、彼がそう呼んでって言ったから。私の2つ年上で、いつもこうしてギターの練習をしてるんだって。年も身長もちょっとしか変わらないのに、シャラシャラってギターを鳴らすそらるくんが、格好良かった。
それから、
「A。……可愛い名前だね」
そう言って笑う彼が、王子様に見えた。
それから毎日。放課後は毎日、第2音楽準備室に通った。埃っぽいドアを開けたら、シャラシャラって、ギターを抱えて彼が待っているのが嬉しかった。
「ねえ、そらるくんはいつも、何弾いてるの?」
「んん。Aにはナイショ」
弾けるようになったら、教えてあげる。
そう言って、毎日同じコードを奏でる。たまに交じる透明な鼻歌が心地良かった。ふんふんって一緒に歌ってみたり、ピアノを叩いて君の真似っ子をしてみたり。何か話すとか、新しい発見があるわけじゃなかったけど、そんな放課後が楽しかった。
そうして、2人で過ごした放課後。それは、唐突に打ち切られた。
初めましての時よりも、ずっと滑らかにシャラシャラするギターを抱えて、そらるくんが口を開く。綺麗な瞳も柔らかく細まって、
「明日、Aに曲名教えてあげる」
「ほんとに!?」
「うん。ちゃんと、弾けるようになったから」
バラバラの音ばかりで気付かなかったけど、彼はもうマスターしてたみたい。わーい! って馬鹿みたいに喜んで、ぴょんぴょんして、いつもよりちょっとだけ長くそらるくんとお話してからバイバイした。
そして、その日の夜。私は熱を出した。しかも、タイミングの悪いことに、その日は木曜日で。泣く泣く金曜日はお休み。月曜日になったらそらるくんに、いっぱいごめんなさいって言おう。それで、ギターのお披露目をしてもらうんだ。
のんびりと歩く時計を急かして、月曜日の放課後。急いで埃っぽいドアを開ければ、宇宙を閉じ込めたような彼はどこにもいなかった。
シャラシャラの音だけを私の記憶に残して、彼は消えてしまった。
***
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ほさと - とても感動しました。占ツクの歌い手様を扱った作品には珍しくしっかりと小説になっていて、一介の読書好きとしても嬉しかったです。どの作品もとても美しい比喩があり、音読したい作品だなぁと思いました。 (2019年7月14日 20時) (レス) id: fdc2472f82 (このIDを非表示/違反報告)
弓乃 - 皆様の素晴らしい文章に心が震えました。ありがとうございます。執筆お疲れ様でした。これからも頑張って下さい。 (2019年6月17日 16時) (レス) id: d99258de7b (このIDを非表示/違反報告)
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