019号室 ページ20
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「柊さん、残業、今日もお願いできないかな……?」
辞めようと思えば今ここでだって辞められるんよなあ、別にそんなに思い入れがあるわけでもないし、と思いながらも「オッケーですよー」なんて言っている自分は矛盾しているんだろうか。
なにをしてるんだか、なんて気持ちにならない訳では無い。
でも慣れというのは相当怖い。
それよりももっと怖いのは、新しいものに移ろうと、自分を形成してきたものを壊して新しくなにかを始めようとするときだと、思う。
「また残業申し訳ないね〜」
「思ってんだったら人集めてくださいよ、全然寝れないっす」
「隈できてるもんねえ」
「笑い事じゃないですよほんまに」
「でも柊ちゃん、最近なんかいいことあったでしょ?」
「……いいこと。なんでですか」
なんとなく?なんて首をかしげながらどこかへまた消えていった社員さんを目で追いかけるもすぐに行方が分からなくなる。
ああ、そうか、目が疲れてる。
しょぼしょぼするしこれはあかんわ。
カバンにいつも入れてあるクール感強めの目薬を両目に2滴ずつ垂らすと、スーッと爽快感がやってきて、疲れが少しだけ飛んでいってくれるような、そんな気になる。
「……いいこと、ね」
目薬を直すのと同時に久しくあまりの疲れとストレスからコンビニで釣られるように買ってしまった四角い白黒のパッケージを取り出し、さっと手馴れた手つきで白い棒を唇に挟み込んだ。
懐かしい香りで包まれる。
ああ、彼は吸わないんだろうな、いやむしろ、吸わないでいてほしい。
そんなことを思いながら蒸かす白い煙はどうも、月の光に照らされて金色に見えないこともなくて、まあ、いいことなのかな、とぼんやり今までの記憶を思い返してしてみたりしていた。
「ふぅーーーー、……」
ふわふわと、ふよふよと、そしてすぐにふわっと消えていく。私もこんな風に誰にも掴めないそれになれたらいいのに、とさえも思いながら。
これもきっと、矛盾しているんだろうけど。
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ちわわ - 初めまして!もうめちゃくちゃ刺さりました…大好きすぎる作品です…!第2章のパスワードを教えていただいてもよろしいですか…? (2022年6月3日 2時) (レス) id: 8e9e78c35a (このIDを非表示/違反報告)
蓮 - 初めまして!とても素敵な作品ですね!続きが気になります!第2章のパスワードを教えていただけますか? (2021年3月26日 17時) (レス) id: ce4eaa6c55 (このIDを非表示/違反報告)
ヤマダマカロン(プロフ) - 第二章と片岡さんのお話のパスワードを教えてもらいたいです! (2020年10月10日 2時) (レス) id: 41c2841ae6 (このIDを非表示/違反報告)
Sn(プロフ) - はじめまして!素敵な作品で一気読みしちゃいました(TT)第2章も他の作品も是非読みたいです! (2020年3月6日 1時) (レス) id: 9a92e69ecf (このIDを非表示/違反報告)
巻 - 好きです、でした、、汗 (2020年2月14日 1時) (レス) id: bbe11dd873 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ヨムヨム | 作成日時:2019年9月11日 12時