181話 甘える ページ45
気持ちが沈んでいく気がして俯いていると、不二先輩は私を覗き込んで微笑み、ゆっくりかぶりを振った。
不「僕が言っているのは、Aに、そんな顔をさせてしまっていること」
貴「そん……」
不「僕は怒ってるわけじゃないよ。ただ、自分の臆病さが虚しかっただけなんだ」
私の言葉を意図的に遮って、不二先輩が続ける。
不「跡部がAのことを思っているのは知ってたよ。それを放置していたのは僕なのに、Aに触れてる跡部を見て、咄嗟に割って入ってしまった」
ふと、生温い風が体を抜ける。木の葉の擦れ合う音が一瞬消え、先輩の言葉に目を見開いた。
不「A、不安にさせてごめん」
不二先輩の瞳にさざ波が立つ。その顔に胸が苦しくなって、無意識に声を大きくした。
貴「私こそ……！ 私全然、何も知らなくて、先輩を不安にさせてたんじゃないかって……申し訳なくて……」
そう言うと、先輩が目を細めて泣きそうな顔をする。「そんなことない」と言って先輩が私を庇うのを、今度は私が遮る。
貴「先輩が、私の色んなこと尊重してくれてるのは分かってたのに……それをいいことに私、甘えてました。もっと色んなことに気を配っておけばよかった」
不「いいんだ。君はそのままでいい」
貴「よくないです」
お互い引くことは無く、自分に非があると堂々巡りの応酬が続く。
そんなことを何度か繰り返していると、不意に先輩が吹き出して笑い出した。私は一瞬、呆然と先輩を見つめるが、視線が絡んだ瞬間、つられるように笑いが込み上げてきた。
不「……お互い様だね」
貴「そうですね」
お互いのことを分かっていると思っていた。実際、分かっていることは多いと思う。それでも、伝えなければ分からないことは多くて、私たちには、本心を話す時間が足りなかったのだ。
ベンチに体を預けると、ようやくジリジリとした熱気を思い出す。既に生温くなったファンタを煽り、鞄からタオルを取りだして汗を拭いていると、先輩が躊躇いがちに私を呼んだ。
不「……A。…………あの、触ってもいい？」
貴「え？！」
「何をですか」と聞こうとして、先輩の熱を帯びる視線で分かってしまった。
先輩がそんなことを言うことにも、直接的な問いかけにも動揺して硬直していると、先輩の眉尻が下がって私を上目遣いで見つめる。
不「だめ？ やっぱり怖い？」
貴「え、や、怖いというか……恥ずかし…………つか、そういうのって一々聞くもんなんすか」
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作者名：葉奈 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時：2022年8月26日 17時
