172話 不二周助の欲心3 ページ36
でも、跡部がAに触れているのを見て、初めて自分の中にある欲望を自覚した。自覚した瞬間、もしかしたら、いつか、Aの気持ちが変わるかもしれない可能性と、その恐怖に、ようやく気がついた。
跡部は、あんなに簡単にAに触れた。Aが跡部の好意に気付こうと気付くまいと、跡部はアプローチをするだろう。
Aへの気持ちに疑いを持った訳では無い。でもAがその行為を、僕と比べてしまうのではないか。触れていないことが、Aの不安に繋がってくるのでは無いのか。不安が募れば、気持ちはどうなるか。そんなこと、誰にも分からない。
ーーーー分からないことが、怖い。
思考がマイナスにばかり向かい、断ち切るように目を瞑る。
このまま何も考えることなく、深く、沈んで行ければいいのに。
結局一睡も出来ずに、ベッドの中で横になって一夜を明かした。意識ではなく体の方に限界が来て、ようやく微睡みはじめた朝方、静まり返った部屋にメッセージを受信した音が響く。
遊びの連絡なら断ろうと、のっそりと手だけを動かして音の出処を探し、薄目で画面を見る。
不「……っ」
画面にはAの名前があった。その下には『朝早くにすみません。今朝急に……』の冒頭だけが見え、何故か指が震えた。
カーテンから僅かな光が差し込み、薄ぼんやりとした部屋の中で、僕はゆっくりベッドから起き上がる。
浅い呼吸を整え、恐る恐る画面をタップした。
『朝早くにすみません。今朝急に顧問が感想戦とか言って今氷帝にいます。弓道場周辺からは一応出ないです。取り急ぎ報告と思って連絡しました。練習終わったらまた連絡します』
柄にもなく心がザワつく。
改行のない業務連絡のような文面に、時間を見つけて焦って送ったのがわかる。それに内容からしても、Aはきっとあの時の跡部の言動の真意に、何となく気がついてはいるんだろう。
Aは別に、恋愛事に疎いわけでなはい。人からの好意を受けることがあるのは知っているし、その度丁寧に対応しているのも知っている。
ただ、自分への好意を信じきれないところがある。それは多分、今までの告白だったり、友達付き合いの中での、異性からの扱いだったり、色々な経験から来るものだとは思う。
だから、自分の感情を認め、僕の好意を受け入れてくれている今を、大切にしたいと、心から思っている。
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作者名:葉奈 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時:2022年8月26日 17時