163話 少し先の未来で ページ27
上滑りしてしまったかと首を傾げ続ける私に、先輩が穏やかな口調で続ける。
不「僕とAは恋人同士で、いま、2人で出かけてる」
サラリと、でも、文法を説明していた時とは違う熱のこもった声音で、不二先輩が私に語りかける。
そんな声で現状を言葉にして再確認されると、何とも言い難い羞恥が私を襲う。
真っ直ぐ私を見る先輩から、少しだけテーブルまで視線を落とした。
それでも先輩は楽しそうに、どこか弾むような口振りを見せていた。
不「僕は何だっていいよ。Aと2人でなら、どこに行っても、何をしても、楽しいから」
浴びせ続けられる視線と甘い言葉に、私はついに撃沈。音を立てて崩れ落ちた。
テーブルに額をぶつけた私に、先輩が変わらぬ口調で「大丈夫？」と声をかける。
どちらの意味でも取れる言葉に、降参の意を込めて、私がテーブルに額を押し付けるように首を振ると、先輩はついに声をあげて笑いだした。
貴「弄ばれた……」
ボソリと低くつぶやくと、不二先輩は「ごめんごめん」と軽やかに謝罪する。
不「A、こういう話する時って、いつも居心地悪そうにするから、つい」
貴「いじめですか？」
不「そんなつもりは。かわいいなって」
そんな『つい』を知った後にかわいいなんて言われて、素直に照れられるほど私は素直にはなれない。私は思い切り先輩を睨みつけた。
しかしそんな視線すら、先輩は楽しそうに私を見つめ返すばかりで、何の意味もないとわかってすぐにまたテーブルに顔面を預けた。
私を見てしばらく笑うと、息を吐いたタイミングで「それにね」と、先輩の口調が不意に真面目なものになる。
今度は何が始まるのかとゆっくり顔を上げると、不二先輩はいつものように穏やかに微笑みながら、私と、私の向こう側を見るように、どこか遠くを見ながら言った。
不「僕は高校生になったAと、学校ですれ違ったり、挨拶したり、同じタイミングで登校したり下校したり、やりたいことは沢山あるから、進学できるように頑張ろうね」
先輩の声は、変わらず柔らかくて優しくて、熱いものが宿っていて。あんなに読めない人だな、なんて感じていた顔を見れば、何を考えているかなんて、全て分かってしまいそうで。
不二先輩の言葉に、ふつふつと湧き上がる何か。先輩と居ると、たまにこんな感情になる。
どんな言葉で、なんと伝えればいいのだろう。
今は上手く言葉に出来ない私は、返答の代わりに、右手にペンを持ち直した。
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作者名：葉奈 | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/hana1/
作成日時：2022年8月26日 17時
