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和也さんが吐き出してしまいたいもやもやした思いのかけらのようなものがないまぜになった吐息の煙は私にとって和也さんの一部のようなもので。
私を包み込む煙に溶けた和也さんの悩みが少しでいいから無くなってしまえばいいと消えていく煙を見ながら思う。
「落ち着くね、和也さん」
「……そうだな」
ややあって和也さんは眉を下げて笑った。
色素の薄い眉を溶かす様に薄いグレイの煙がまた私たちを包み込む。
吸って、吐いて、和也さんが生きるために行っているこんな小さな動作で吐き出された煙が私たちを世界から隠してくれればいいのに。
今日何度目かそんなことを思って、私は煙草の匂いを肺一杯に吸い込んだ。
「A」
「ん?……っん」
和也さんの方を見た顔に影が落ちる。
気が付いた時には唇が塞がれていた。
思い返せば以前は良くあったシチュエーションで、身体に馴染んだ煙草の味がするキスにぼんやりと頭の奥が痺れる。
私の好きな和也さんとのキスだ。
「ふふ、悪い、つい」
「……もう、するって言ってくださいよ」
「じゃあする」
「んっ……」
言うなりまた重なって、離れた唇から煙が吐き出されていった。
煙のようなものが私たちを世界から隠してくれればいいと思うけれど。
今は和也さんが満足そうに吐き出すこの烟った煙で我慢しておく。
うん、やっぱり世界に二人だけになればいいなんて大仰なことは言わないことにする。
けれどその代わり、この一瞬だけ煙草の煙が私たちを世界から隠してくれればいい。
どうか邪魔をしないで。
今この愛しい瞬間は。
「今夜残業は?」
「なんとありません」
「じゃあうち来るよな」
「当たり前でしょ」
ふわりふわり、煙が舞って言葉を隠す。
内緒の話みたいに私たちは顔を寄せ合って、二人だけに聞こえる秘密みたいに煙の中で微笑み合う。
こんな瞬間が好きだと思う。
和也さんとだから、こんな瞬間が愛しいと思う。
「さ、戻るか」
「そうだね」
和也さんが灰皿に押し付けた煙草から火が消える。
くしゃりと潰れた煙草を残して私たちは事務所へと戻った。
夢は終わり。
ここからは現実の時間だ。
自分のデスクに腰を降ろせば申し訳程度に付けられた扇風機の風が服の裾を揺らす。
翔さんが好きだと言った柔軟剤の香りがふわりと舞って、鼻の奥に残る煙の香りを書き換えていった。
(煙の夢 from 甘く、沈む。―Slow Days―)
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iCHiKA(プロフ) - tubinさん» コメントありがとうございます!そして、嬉しいお言葉をありがとうございます!お楽しみいただけたとのこととても光栄です。今後もお楽しみいただけるよう頑張らせていただきますね! (2021年8月24日 20時) (レス) id: ca4476f6fd (このIDを非表示/違反報告)
tubin - すごくおもしろかったです!! 無中になって読んでました!! 続きがすごく楽しみです!! 応援してます!! これからもがんばってください!! (2021年8月22日 20時) (レス) id: 73a03e30c5 (このIDを非表示/違反報告)
iCHiKA(プロフ) - にゃんちきさん» にゃんちき様、いつもありがとうございます!糖度高めを目指して頑張ったお話でしたが、お役に立てたようで良かったです。こちらこそご賞味ありがとうございました。 (2021年8月21日 20時) (レス) id: ca4476f6fd (このIDを非表示/違反報告)
にゃんちき(プロフ) - 最近疲れ気味だった私には翔さんの甘さが最高のご褒美になりました。ご馳走様でした( ´ω` )/ (2021年8月19日 19時) (レス) id: 64ed16a329 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:iCHiKA | 作成日時:2021年8月15日 14時