失楽園【波羅夷空却】 (ページ3)

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垂れ布をぺら、とめくったのは、それまで聞いていた『僧侶』というひとのイメージとはかけ離れた、たくさんの指輪で飾られた手だった。

目が合った。瞬間、言葉を失う。

はっと目を惹く鮮やかな赤い髪、血色の良い肌。三白眼ぎみの瞳は金色で、びっしりと生い茂った睫毛が飾る目尻には、うっすらと紅が引かれている。すらりとした柳眉と無数のピアスが攻撃的な印象を与えるが、その美しい外見はまちがいなく僧侶というより『拝まれる側』のそれであった。

───林檎みたいだ。

その赤い髪と金色の瞳のコントラストに、ぼんやりと思う。林檎。エデンの園で禁断とされた果実。西洋絵画ではしばしば甘く儚い快楽の象徴として描かれる果実。トロイア戦争で女神たちが奪い合ったという果実。白雪姫がその毒に気づかずに口に運んだ果実。ニュートンが世界を覆う引力を見つけるきっかけとなった果実。

そのまっすぐかがやく視線がわたしを射抜いて、息ができなくなる。甘酸っぱいあのにおいが鼻腔の中に蘇って、じわ、と唾液が滲む。

「…あ」

何も言えなくなって、意味を成さない声が漏れた。彼は垂れ衣をめくったときと同じようにあっさりと「わりィ」と言ってそれを戻した。

「…ううん」

布と髪で顔を隠す。心臓が耳元にあるみたいにうるさくて、それを誤魔化すように「くうこう、さん？」と確認をとる。

「さん、はいらねェよ。空却だ。『空』って漢字に、却下の『却』」

空却、か。頭の中で描いて、なるほど、と思う。どこか人間離れした彼の雰囲気にぴったりと似合う。

「わたしは、Aだよ。よろしく」

そう言うと、彼は何度かわたしの名前を呟いて、「…よろしく、A」とそれを声に乗せた。ああ、わたしの名だ。くすっ、と思わず頬が綻んだ。