邪鬼異譚【オリジナル】【創作】【和風】

《其ノ壱 牛鬼》 ページ8

.一文ほど流血表現を含みます



男性は規則的に肩を震わせて茉鯉(まつり)を見て、膝を曲げて屈んだ。右手の方の無地の羽織りで茉鯉(まつり)の涙を拭い、赤子をあやすような優しい声色で呟くように言った。


「よくここまで逃げれたな。その咄嗟の判断が立派だ。それと、もう鬼には気を付けておけよ」


褒めることに慣れていないからか、男性の顔はなんとも言えない顔をしていた。制服の袖で擦り、ぼやけていた視界はようやくピントが合っていく。ふと、茉鯉(まつり)の視線が男性の左手に向かう。黒い羽織りを汚さないためか、袖が捲られておりあらわになっている白い腕からは血が未だに一滴ずつ垂れている。それでも男性は顔を歪ませるどころか、表情一つすら変えない。茉鯉(まつり)に心配をかけないように痛みを我慢しているのか。＿あるいは痛覚を感じないからなのか。真偽は不明だったが、茉鯉(まつり)はなんとなく答えは後者を指しているような気がした。心の中で首を振り否定して、スカートから手拭い(ハンカチ)を取り出し男性に差し出す。


「よかったらこれ、使ってください」


思っていたよりも擦り切れた声が出て、軽く咳払いをして茉鯉(まつり)は言った。手拭い(ハンカチ)を持つ両手に力が入って、手拭い(ハンカチ)にはしわができる。男性は手拭い(ハンカチ)をきょとんとした表情で眺める。やがて、


「…ありがと」


人からの親切に目を細めて男性は差し出される手拭い(ハンカチ)に手を伸ばす。微かな重力が茉鯉(まつり)の手にも伝わる。少し遠慮をして端の方を使おうとする男性の手を慌てて止めて、傷全体に当たるように手拭い(ハンカチ)を当てた。


「ああ、そうだ」


パンと両手を合わせて鳴らし、男性は膝に手を当てて立ち上がる。鳥居の柱に背を預ける女を抱き上げる。


「この子を警察へ届けなければならんな」


女の姿を改めてきちんと見て、茉鯉(まつり)は目を見開いた。


「…小識(こしき)？」


男性が茉鯉(まつり)へ視線を滑らせた。


「知っているのか？なら警察には届けなくていいな。鬼に疲れていたせいで体が疲れている。早く休ませてあげたほうが良いだろう」


茉鯉(まつり)も立ち上がって男性の元へ駆け寄る。茉鯉(まつり)と同じ制服、肩まで伸ばされた黒い髪。見覚えのあるその姿は間違いなく茉鯉(まつり)の友人であった。



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