淡紅舞う【煉獄杏寿郎】

33.濡れ髪のあなた ページ33

気分が良くなるまではここにいなさい


　と杏寿郎に促され、


　稽古を終えた私は縁側に腰を下ろして庭を眺めていた。



　日が落ちて暗くなった庭には


　秋の虫たちが心地よい歌を奏でる。




「身体は大丈夫か？」



　声のする方へ顔を向けると、


　そこには湯浴みを終え、浴衣姿になった杏寿郎がいた。




「うん。ありがとう。

　もう大丈夫そう。」




「そうか！良かった！」




　濡れた髪がいつもより少し垂れていて

　艶っぽく感じてしまう。




「今日は遅くなってしまったから

　このままここに泊まるといい。」




「え！？大丈夫だよ！

　もう身体だって平気だし…」



　慌てて立ち上がると、


　目の前に広がる世界がぐらっと歪んだ。




「君は強がりだな。」




　倒れる…と思った時には


　杏寿郎に抱き止められていて、


　その刹那に鼻をくすぐった石鹸の香りが


　私の脳を犯していきそうだ。






「…可愛いこと言えなくてごめん。」










「俺の腕の中で素直になった今の君は




　これ以上ないほど




　可愛いと思うが…？」







　先程まで歌っていた虫たちは


　眠りに落ちてしまったのではないかと思うくらい


　あたりは静まり返ったように感じた。





　聞こえるのは





　自分の鼓動だけ…




　何で…



　何でこんなに胸が音を立てるの？




　鎮まりなさい…




　お願いだから





　鎮まってよ…






　私はそっと桔梗の簪に触れた。





「全く…」



「ん？」




　きっと彼は深く考えてなどいないのだろう。






「なんでもないよ。


　…では、お言葉に甘えようかな。」




「うむ。浴衣を貸してあげるから湯浴みをしておいで。」




「至れり尽くせりで…本当にありがとう。」




　杏寿郎は柔らかく笑った。

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