【名探偵コナン】女の遠慮、男の配慮【風見裕也】 (ページ10)

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Aの発言に、男は目を丸くした。

「お前…………何言ってんだ」

　心外である。Aはムッとした。人質だの立てこもりだのとしているこの男に言われたくない。首を持ち上げて男を見上げると、男もAを見下ろした。

「立てこもりたくて立てこもっているわけでは無いと」
「そうじゃない」
「理由が知りたいですね、私としては」
「理由も何も無い」
「そうなると好きでやってる訳ですか」
「違う」
「ははぁ」

　外ではハンドマイクの声がやんややんやとまだ何か喋っている。高音で、ハウリングの混ざる、耳障りな声。苦しい体勢で意味のわからない男との変な会話。

　だから。だから、ストレスの溜まる環境で、Aはつい、ぽろっと、本音を出してしまった。

「外、喧しいな」

　男は、Aを首を抱えたまま、立ち上がった。予想外の行動にAの首が絞まる。慌ててAも立ち上がったが、足が痺れてうまく歩けない。こめかみに銃口を突きつけられたまま、Aは引きずられるように銀行の奥に連れていかれた。

　奥には、小さな窓があった。人が一人、入れるかどうかの窓だ。壁の高い位置にある。すぐには入ってくることができない場所を選んだ男は、また足元が覚束ないAを引きずりながら元の位置に戻った。

　窓が開けられたことがわかったのだろう。男とAが元の位置に座り込んだあたりで、ハンドマイクの音がプツンと切れる音がした。それからすぐに、銀行の奥からガタガタという歪な音が聞こえる。

　Aに背中を向け、壁を向いている人質の中には、緊張と不安、そして警察の介入という安心感に泣き出す者がちらほらと現れた。
部屋に色濃く響く泣き声や鼻をすする音の中で、男は突如、口を開いた。

「お前、頭おかしいだろ」

　立てこもり犯の男は突然、Aにそう呟いた。

「…………そうかも」

　Aは少し考えてから、実にしみじみとそう返した。

「もっと泣き叫んだり放心したりするだろ、普通」
「人質の普通を知らなくて」
「お前、やっぱり頭おかしいだろ」
「ははは」

　男の緊張をほぐすための会話だったらしい。男は奥の部屋からガタガタという音が聞こえなくなった瞬間、やはりまたAの頭に拳銃を押し込んで身構えた。

足音が、近づいてくる。革靴の音。

　Aは、その音を、よく知っていた。

足音が連れてくる人物を、知っていた。