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「
声に、顔を上げる。原稿を読み進めていたAは、この原稿を書く作者がAが読んでいる間に声をかけてきたことが無かったため、慌てて聞く姿勢に入った。重要なことかもしれない、と思ったからである。
「あの、すみません。読んでる最中に」
「いえ。どうしましたか?」
「それが、その。結婚することになりまして」
「おぉっ」
やっぱりね、とAは思った。今手元にある原稿を読めば大体わかる。今回の出来は文章がのびのびとしている。テンポも焦りや淀みが感じられず、終始彼女のペースで進められている。
前々から彼氏がいると言っていたが、つい先日、彼氏とうまくいっていないと聞かされたばかりだ。なんらかの悶着と解決があって、話が落ち着いたのだろう。
「おめでとうございます。この前言っていた彼氏さんとですか?」
「そうなんです。お恥ずかしいながら、彼氏の挙動不審はプロポーズに緊張していたかららしくって。私、勘違いしていたんです。よくある話ですよね」
「そんな。素敵ですよ。籍はいつ頃に?」
「来月の頭に。挙式はこれからゆっくり考えていくつもりなので、追々」
作者は気恥ずかしそうにコーヒーに口をつける。彼女の年齢は三十路前半。Aは今年で三十になった。もう結婚の話が上がってもいい年頃だ。
「楽しみですね、これから」
「えぇ、とても」
この人は、来月の頭にあの赤い紙へペンを走らせるのだ。夢と希望と愛のたっぷり詰まったインクで、人生で何度書くかわからない自分の名前を、特別丁寧に書くのだ。
そう思うと、彼女には幸せになってもらいたいと思う。彼女の葛藤や苦悩を数年だがそれでも知ってきたつもりだ。幸せになって欲しい。今よりも、もっと。
「幸せですか」
だからだろうか。その問いがポロリとAの口からこぼれた。聞いてよい質問だったのかわからない。ただ、純粋に、尋ねてしまった。
しかし彼女は、悩む事も考えることもしないで、これまた純粋に、答えた。
「幸せです。とても」
世の中では多分、Aの感じた感情を安堵という。
「じゃあ、これからもっと幸せになれますね」
「ふふふ、そうでしょうか」
「えぇ、そうです。もっと幸せが待っています。絶対に」
Aは笑ってそういった。バツのついた女に言われて信じてもらえるだろうかとAは思った。頭をよぎった男の横顔と、手の感触を、まだAの手は覚えていた。
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な(プロフ) - えっ……天才。 (2018年10月21日 21時) (レス) id: 057c14ed72 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:◎たなは◎ | 作成日時:2018年10月15日 21時