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「お母さんも、愛されたかったんだよね」
僕は知っている。
愛されたことのない人間が、他者を上手に愛せるわけがない。
歪んだ気持ちを植え付け、相手が毒されるのを待つことしかできない。
結果、まるで屍臭花のような、醜く汚らわしい愛情が芽生えてしまう。
「やっぱり僕達は親子だね」
あまりにも予想外の話だったのだろう、母は呆気に取られている。
「僕はお母さんの理解者になれる。僕だけはお母さんを分かってあげられる。……だから、お母さんも僕の思いが理解できるはずだよ」
口角が歪む。
お母さんの前で、初めて心の底から笑えた。
「これ、なーんだ?」
僕はスマホの画面を見せる。
母が携帯端末を見たのは入所以来だろうか。
「ネットで知り合った人に貰った自撮りだよ。イケメンだよねー。……加工してるせいで少し見づらいけど、誰なのかくらいは分かるでしょ?」
みるみる引き攣っていく、母の顔。
「右に映ってる彼女さんとは、半年前に付き合い始めたんだって。凄く可愛い子でしょ? 美男美女カップル、羨ましいなー」
今すぐ腹を抱えて笑い転げたい。
「お母さん? どうしたの、頭痛い?」
母は荒々しく髪を掻きむしった。
「……死ね。今すぐ」
「あの時しくじらなければ、そんなこと言わなくて済んだのにね」
「……」
忌々しそうに歯軋りする音が聞こえる。
自分が不利な状況になると、歯を軋る。
いかにも母らしい癖だと思った。
「愛憎って良い言葉だよね。愛情と憎悪が表裏一体だって、今の僕には身に染みて分かる。……ねぇ。僕が言いたいこと、分かる?」
アクリル板をコツコツと叩く。
この隔たりさえ無ければ、今度こそ僕は殺されるだろう。
全身に殺気をまとった母は、獣のような剣幕で僕を睨んでいる。
僕を失った今、母は初めて孤独になった。
「もう二度と来るな」
そう言い捨て、母は乱暴に席を立った。
「そんなこと言わないでよ。家族のコミュニケーションは大切でしょ?」
未だ飄々と話しかけてくる僕が鬱陶しいのだろう、大きな舌打ちが飛んできた。
「またね、お母さん。大好きだよ」
未確認生命体でも見るような目付きの母を、とびきりの笑顔で見送る。
みっともない猫背が扉の向こうに消えた後、僕は一つ伸びをして立ち上がった。
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さっぽん - 次のお話を楽しみにしています!! (2021年5月19日 21時) (レス) id: 6727f20ffd (このIDを非表示/違反報告)
凛音(プロフ) - すごく楽しませてもらっています!病み系のものが少ないのでできれば長期化してほしいです! (2020年8月14日 3時) (レス) id: 19593b8502 (このIDを非表示/違反報告)
恋花レンカ - すごくドキドキします!続きが楽しみです! (2020年5月4日 11時) (レス) id: 434c29f1e9 (このIDを非表示/違反報告)
ときあめ(プロフ) - めちゃくちゃ鳥肌たちました……どこか薄暗いような、気が滅入るようなお話が大好きで、この作品を読んでこれだ!感がすごかったです笑続きを楽しみにしてます。 (2020年1月26日 14時) (レス) id: 5d5f606a06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:マミカ | 作成日時:2019年12月5日 14時