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「……おかえりぃ」
床に寝転んでいるまふが、俺を見上げて薄ら笑った。
「遅かったね。何してたの?」
見るも無残な左腕を隠そうともしていない。
薬でもキメたような顔で、打ち上げられた魚のようにピクピクと痙攣している。
「……まふてる、おいでー」
まふはぼんやりとした目で、俺に手を伸ばしてくる。
求められた物をカバンから放り出すと、それを抱き留めたまふは頬を緩めた。
「よくできたね。いいこ、いいこ」
愛おしそうに頭を撫で、優しく語りかけるまふ。
とろけた眼がこちらを向く気配はなく、我慢の限界に達した俺は口を開いた。
「何考えてんだよ、お前」
「そらるのこと考えてるよー」
「……どうしてこんなことしたんだって聞いてんだよ」
「どうしてって、僕達のためだよ。そのくらい分かるでしょ?」
まふはまふてるの腹に手を突っ込む。
朝には綺麗に縫われていた、今は痕跡も無いほど破れた縫い目に。
「しつけ糸って、こんなに千切れやすいんだね。ちょっと雑に扱っただけで、すぐ中身が出て来ちゃう」
綿を掻き出す細い指が、目当ての物体に触れる。
ニヤッと笑ったまふは、それを目の前にかざした。
「これを見たAちゃんは、全て思い出してしまった。そしてパニックになって、病室の窓から飛び降りた。今度こそ死のう、この記憶から解放されよう……ってね」
天使の皮を被った悪魔の微笑み。
その右手に握られた、カッターの鋼が鈍く光った。
「これで脅したんだ。使った刃はとっくの昔に捨てちゃったけどね。あんな女の脂がついた刃でリスカなんて、絶対無理。蛆が湧く」
まふは苦々しく顔をしかめる。
「で、どうだった? さすがにもう死んだでしょ?」
指先でカッターを回すまふに、もう正気の片鱗は無かった。
「……即死だったよ。コンクリートの地面に落下して」
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さっぽん - 次のお話を楽しみにしています!! (2021年5月19日 21時) (レス) id: 6727f20ffd (このIDを非表示/違反報告)
凛音(プロフ) - すごく楽しませてもらっています!病み系のものが少ないのでできれば長期化してほしいです! (2020年8月14日 3時) (レス) id: 19593b8502 (このIDを非表示/違反報告)
恋花レンカ - すごくドキドキします!続きが楽しみです! (2020年5月4日 11時) (レス) id: 434c29f1e9 (このIDを非表示/違反報告)
ときあめ(プロフ) - めちゃくちゃ鳥肌たちました……どこか薄暗いような、気が滅入るようなお話が大好きで、この作品を読んでこれだ!感がすごかったです笑続きを楽しみにしてます。 (2020年1月26日 14時) (レス) id: 5d5f606a06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:マミカ | 作成日時:2019年12月5日 14時