74 (回想・小学1年生 その2) ページ14
「お母さん……何してるの……?」
ビクビクと震えながら、母の背後に近付く。
息も絶え絶えな母は、ゆっくりとこちらを振り返った。
「これ、なーんだ?」
そして僕の目の前に、真っ赤な左手首を差し出した。
「うっ……」
「どう? 痛そう? 気持ち悪い? 誰のせいでこうなってると思う?」
思わず顔を背けると、母は何かをぶつぶつと呟き始める。
「あんたさ、どうしてあの人に会えないか考えたことある?」
あの人。
僕のお父さんのことだ。
「あるけど、わからない」
素直にそう答えると、すかさず頬を叩かれた。
全く身構えていなかったから、その衝撃で床に倒れてしまう。
「じゃあ教えてやるよ! 全部あんたのせいだ!!」
母が歩くたび、ポタポタと赤い液体が滴る。
「あんたが出来損ないだったばかりに、虐待だのネグレクトだのおかしな疑いを掛けられて……あんたのせいで、私はあの人に捨てられた!!」
力任せに胸ぐらを掴まれる。
「……ほんと、死ねよ。生きてる意味ないよ、あんた」
死ね。
たった二文字のその言葉が、重く僕の心にのしかかった。
消えない痣より、ぶたれた頬より、この言葉に叫びたくなるほどの痛みを感じた。
……ピンポーン。
二発目の衝撃に耐えようと眼をつぶっていた僕に、チャイムの音が聞こえた。
「あっ、もうこんな時間。全く気付かなかった」
母は僕を突き飛ばす。
そしてそのまま玄関に走っていった。
「……これで、何人目のお父さんかな?」
一人取り残された部屋で、誰にも届かない嘲笑を零す。
平気だよ。
だって、本当のお父さんは一人だけだから。
いつか、僕を助けるために戻ってくるから。
それまでは、ニセモノのお父さんとお母さんが仲良くしていても仕方ないんだ。
寂しいのは僕だけじゃないから。
お母さんも、同じだから。
「カッター……血がついてる」
床に落ちたカッターを拾い上げる。
銀色の刃に血がこびりついている。
これ、なんだろう。
どうして、こんなことをするんだろう?
「……あぁ。そっか」
――思えば、おまじないでもかけるような軽い気持ちだった。
壁越しの嬌声を聞きながら、僕はこの時、初めて自分の腕を切った。
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さっぽん - 次のお話を楽しみにしています!! (2021年5月19日 21時) (レス) id: 6727f20ffd (このIDを非表示/違反報告)
凛音(プロフ) - すごく楽しませてもらっています!病み系のものが少ないのでできれば長期化してほしいです! (2020年8月14日 3時) (レス) id: 19593b8502 (このIDを非表示/違反報告)
恋花レンカ - すごくドキドキします!続きが楽しみです! (2020年5月4日 11時) (レス) id: 434c29f1e9 (このIDを非表示/違反報告)
ときあめ(プロフ) - めちゃくちゃ鳥肌たちました……どこか薄暗いような、気が滅入るようなお話が大好きで、この作品を読んでこれだ!感がすごかったです笑続きを楽しみにしてます。 (2020年1月26日 14時) (レス) id: 5d5f606a06 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:マミカ | 作成日時:2019年12月5日 14時