雨傘の下で君を待つ【煉獄杏寿郎】

雨と鈴の音 ページ7

「…杏寿郎くん、会う度に成長するのねぇ」


花から目を離してしみじみと呟く女に、なんと言っていいか分からない。



「…信じられないかと思いますが、俺は貴女に会ったのは1年前です。


貴女には昨日の事が、俺にとっては1年間前の事なんです。


だから成長しています。今はもう12際になりました」



言っていいものかと思案しながらも、杏寿郎は事実を述べた。すると女はきょとんとしてから「…そっかぁ、うん。なんだかそうみたい」とあっさりと納得した。



「信じるのですか？」


「うん、だって杏寿郎くん本当に大きくなってるし。それに私、もう"普通"じゃないから…」



"普通"じゃない。確かに悲しいがそうかもしれない。彼女と杏寿郎とで進む時間が異なるのだろうか。杏寿郎が1年間を過ごす間、女はどこに居るのか、眠っているのか。


まるで女は湖の底に沈む宝石の様な存在だ。確かにそこに存在して輝いているのに、自然が、運命が、それを邪魔して存在を消してしまうように。


ポツリ、ポツリ、雨が降る。杏寿郎が昔雨が好きではなかった。今もあまり好きではないが、この雨は違う。


なんだか何処か温かい、それでいて胸を締め付けられるような、切なくなるような雨だ。


辺りに広がる霧も、日々から杏寿郎を切り離して二人だけの世界を1日だけ創り出してくれるのだ。




「こんなに訳の分からない私の事、怖いって思わないの？」




不安な声音。見上げると女は眉を下げて桜色の瞳をこちらへと見つめていた。


不思議とは思ったが、怖い、なんて思った事は1度もなくて、杏寿郎は思わず笑ってしまった。




「思うはずがありませんよ。傍にいると心地が良いから会いに来ているのです！」




そう素直に言うと女はわかりやすく顔を緩めて杏寿郎を見つめた。白い肌がほんのり色づいて赤くなっている。



「嬉しい…ありがとう。私も杏寿郎くんといると落ち着く」



──────あぁ、自惚れてしまうではありませんか。


(愛らしい人。なんて美しい人)


その時杏寿郎は自覚こそ無かったが、既に女に惹かれつつあった。


恥ずかしげに俯いた途端、簪の鈴がちりん、と鳴った。


どこかで聞いたことのある鈴の音。記憶にはないが、杏寿郎はずっとこの鈴の音を聴いてきた。


もしかしたら母のお腹の中で聞いていたのかもしれない。それとも幼少期にあやされたときに聞いたのかもしれない。


振り続ける雨を見つめながら、杏寿郎はぼんやりそんなことを考えていた。

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