雨傘の下で君を待つ【煉獄杏寿郎】

雨と別れ ページ33

そう告げると煉獄は立ち上がった。何も言わずに背を向ける煉獄に、Aは「きょ……ろ…！」と呼びかける。


そこでゆらゆら揺れる水面から引き上げられたかのように意識がハッキリとした。


杏寿郎は目を見開く──────今、目の前に、煉獄杏寿郎とAがいる。しかし矢張りこれは昔の記憶であるらしく、二人は杏寿郎の存在には気づかない。




「絶対に嫌！どうしてそんなこと言うの！？


杏寿郎と"離れる"なんて私、私…！


将来共にする、杏寿郎だって、そう、誓ってくれたじゃない！


どうして突然そんな事を言うの…？藤の花の家の方とお見合いしたのは、本当なの…？


それが本当だから、私の元を離れるの…？」




桜色の双眸から大粒の涙を流してAは叫ぶ。ちりん、乱暴に鈴が揺れた。


Aが嗚咽を漏らすのをなんとか堪えながら、背中を見つめていると、煉獄は振り向いた。


「……煉獄、杏寿郎…」


燃え盛る炎のような髪の毛、意志のある瞳、その逞しい体躯、顔つきは──────自分を鏡で見ているようだった。





「すまん、A──────」





煉獄は苦しそうに顔を歪ませてそう呟き、それ以上何も言うことは無かった。


「杏寿郎…、杏寿郎…っ！」


絶望したAは膝の力を無くして地面に座り込んだ。杏寿郎はすぐに傍へと寄った。


う、ぁ…、うぅ…！と呻き声を上げて顔を押さえるAに思わず手を伸ばす、のに、その手はAを抱き締めることが出来ない。


「どうしてだ…」


声も届かない。Aは1人、悲しみにうちしがれて泣いている。





「どうしてだ！煉獄杏寿郎！



何故お前は、俺は──────！」





杏寿郎は激情に堪らず走り出した。道を歩くその背中目掛けて、杏寿郎は大きく竹刀を振るう。









「──────煉獄杏寿郎!!」




─────────────────────


「はっ！！」


杏寿郎は目を覚ました。勢いよく飛び起きるとそこは自分の寝室であった。


浴衣は汗でびっしょりと濡れていた。やけに現実的な夢だった。今でも光景が鮮明に瞳に焼き付いている。


「どうして煉獄杏寿郎は、否、俺はあんなことを…」


この間、Aが嘆いていた内容と一致する。しかし不可解なのは藤子の縁談。断っているということだ。




「思い出せ…、思い出せ…！！」





そう叫んでみても、やはり先程のような記憶は蘇らない。ただただ、ズキズキと痛む鳩尾の傷跡が憎かった。

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