眼鏡をベッドサイドに置いたら

29 ページ29

.


初めてのキスはビールと、仄かな煙草の味がした。

身体を離そうと少し中村さんの胸を押す。


「もうちょっとこうしていたい」

中村さんがまた、子犬のような目でこちらを見つめて、だめ？と聞いてくる。


「だめなことないけど、いや、嬉しいけど、いや、そうじゃなくて、もう心臓もたないから、離れてください」

少し口を尖らせてゆっくりと中村さんが離れてくれた。



いつの間にか二人ともビールがなくなっていたので、ジャスミンティーを入れることにした。

ジャスミンティーからのぼる湯気が揺れて空中で消える。


中村さんがゆっくりと話し始める。


「Aちゃんの受験番号覚えてる？」
「え？」

なんだっけ？全く記憶にない。

「00120024」
「よく覚えてますね」
「うん、合格発表の日に偶然駅で会ったでしょ。受験票に書いてある受験番号見て驚いたんだ。運命的な何か。俺の誕生日だなって。またいつか、偶然出会えることがあったら、きっとそれは本当に運命だと思った。」

中村さんはふにゃと柔らかく笑いながら、あちちとジャスミンティーを啜った。


「Aちゃんと出会った頃。そう、Aちゃんが駅で倒れた頃ね。まだ俺はテレビへの出演は少なくて、後から出てきた事務所の後輩たちがどんどん売れてくのを見て、もどかしい思いもしてた。もちろん頂けるお仕事には全力で取り組んでいたし、俺のお芝居を認めてくださる監督もいた。」

こっちおいで。中村さんに抱き寄せられる。
「くっついてないと寒い」
「じゃあエアコンの温度上げます！」
「違うの。くっついてたいの。」

拒めない。
なんだか中村さんが甘えん坊。




.

30→←28

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す