私も生きてたのに

肆拾陸 ページ46

「ん、…っ」


「…」



声すら漏らさないA。不死川さんと伊黒さんは黙って俺達二人を見守ってくれていた。
大半の傷が治まる程度になったが、本体の意識が戻らない。



「A。目を…覚まして、くれ」



傷が治ったにも関わらず、俺は一度唇を落とした。
伊黒さんや不死川さんも代わってしてみたが少しも反応は無い。
Aが死んでしまうのではないかと心配していた時、時透君が到着した。



「すみませっ、ん…皆さん。」


「A…っ！！」


「時透君、無理をしないでください」



しのぶさんに支えられて此方を指差す時透君。冨岡さんは普段の無表情を崩して、血相を変えて走ってきた。
時透君が二人の屋敷まで向かい、呼んできてくれたらしい。



「…っ重体、ですね…衝撃での神経不全でしょう」



いくら鬼でも血が薄いので、治る見込みは人間とほぼ等しい。顔色が少し青くなってきて呼吸も弱まってきている。

滴る血の匂いは二年前と同じ、幸せが壊れる匂いとそっくりだった。



「A。僕、二度とその血気術使わないでって言ったよね…」


「起きてくれ…A」



怒られてしまうな。母さんにも、冨岡さんにも、禰豆子にも。
俺じゃどうする事も出来なかったよ。出来た筈なのに、力が足りなかった。
本物の透明の雨が降ってきて、俺の頬を濡らす。

・

・

「A」



Aを雨から遮る為に、自身の半々羽織りを血みどろの体に掛けてやる。
炭治郎は最善を尽くした。誰も悪くない。

横になって意識不明のAの両横に手を着き、俺の上体で雨水を避けさせる。



「生きてくれ」



俺自体が雨で濡れて、結局Aの体を冷やしてしまう。
頭から被る雨水と目から留めどなく崩れる涙がぽたぽたと顎を伝って、Aの唇に落ちた。



「っん」



誰かが悲しんでいたらAは共に悲しむだろう。
Aに落ちた涙を拭う為に、その唇を自身のもので包み込んだ。



「っ」


「………」



口を離したが、状況は少しも変わらない。

いや、変わった。長い睫毛がぴくりと動いて、微かに声が漏れた。

伏し目がちに開けられる瞳。一切曇りの無かった翡翠とは売って変わり、血走った、鬼その物の目だった。



「っが、あぁ！あ」


「A！！」



意識を取り戻しても尚、鬼の本能なのか四肢を振り回して暴れる。
何とか組み敷いて押さえているが、Aの鋭い爪がきつく刺さって血が垂れてきた。

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