降谷さんが狂犬を飼い始めたらしい。【降谷零/安室透】

07.撫子色 ページ9

降谷さんが狂犬を飼い始めたらしい。


あの日からそんな噂が一部で囁かれるようになった。

大方あの場にいた誰かが言い始めたのだろう。

狂犬だなんて大層なあだ名を貰ったな、と目の前で揺れる切りそろえられた茶髪を見ながら考えた。



『降谷さん降谷さん！見て下さいこのわんちゃん！めっちゃ可愛い！！』

｢ああそうだなお前にそっくりだぞ｣


落ち着きなくいちいち足を止める部下の首根っこを掴んで引きずる。

こいつ今まで外に出たことないのかよ。

なんでここまで色んなものに食いつくんだか。

簡単な用を済ませて車を停めた場所まで歩くだけなのに時間がかかりすぎだ。



｢ていうかA、あんまりこの辺で俺の名前を呼ぶな｣

『え、どうしてですか？』

｢知り合いが多いんだ｣


安室透の。

とは口に出さず、ポアロの近くの道を歩く。

掴んでいた首根っこを離して横断歩道の前で立ち止まった。

その時だった。



｢あれ、安室さん？｣


聞いたことのある声が背後から聞こえてきた。

ギクリと体が固まる。

ほら、だから言ったろ。

こうなりそうだったから早く車まで行きたかったのに。

俺は素早く安室スマイルを貼り付けて振り返った。



｢お久しぶりです、蘭さん。新一くんも｣


そこには下校途中であろう新一くんと蘭さん。

新一くんは蘭さんの後ろで小さく頭を下げた。

彼だけならともかく、蘭さんもいるとなれば話は別だ。

彼女には俺の正体はバレてないため、私立探偵に戻らなければならない。



｢本当にお久しぶりです！安室さんがポアロを辞めて以来ですね！お元気でしたか？｣

｢ええ、僕の方は変わらずですよ｣


半年ぶりでも安室透の口は問題なく回る。

そのまま少しだけ世間話を二人と交わす。

と、新一くんの視線が俺の隣に向き、つられて蘭さんもそちらに目を向けた。



｢あれ、そちらの方は…｣

｢ああ…この子ですか？この子は僕の、か───｣


───飼い犬です。

と言おうとしてすんでのところで止まった。

いやいやいやそれはアウトだろ流石に。

いきなり連れを飼い犬とか言い出したら普通に性癖を疑われる。

ダメだ。飼い犬はダメだ。

かと言って私立探偵がいきなり部下を持つのもおかしい。

ピタッと止まった俺に蘭さんが首を傾げる。まずい、時間が無い。



｢か、か………｣

｢か？｣

｢…………………彼女です｣


これしかなかった。

最悪だ。なんでこんな頭の弱い犬を彼女と紹介しなければいけないんだ。

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