蝕まれる ページ9
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「だったら、お前はどうなの。何がしたい。何を思う!?」
血相を変えて胸ぐらを掴んでくる彼は、ひどく傷付いた顔をしていた。焦っている。
この世界は、かけがえのないものを失ったそのときから、敵となった。牙を剥いた。ずっと指を刺されて生きてきて、後ろめたくて、でも諦めきれないから藻掻くのだ。それがたとえ醜い形でも。
馬鹿を言うな。
……本心なの。
道を踏み外す気か。
……否定しないで。
おまえまで。おまえも一緒だろ。堕ちたんだろ。見捨てるなよ。
そう言外に、しかし身体全体でひしひしと伝えてくる彼を見据えた。
そうだよ。わたしも一緒だ。
ゆっくりと自分の中で嚼んでから、わたしは答えた。
きらきらしくて、何処までもあまい。
あの子の優しさを、輝きを、わたしは諦められずに居た。世界すら裏切って、あの子を追った。
『わたしの好きなひとが、ずっと笑顔でいられる世界であれって、おもうよ』
ただ、それだけだった。
あの子の居る世界を望む。そのためにわたしは悪でいた。
そう何度も咀嚼した言葉を吐き出すと、彼は毒気を抜かれたような面差しで、だらりと弛緩した。胸元の圧迫感が消え失せる。「……そうかよ」仄暗い水の底からひたりと歩みを寄せるように零した。「…………でも、なんか、もうくるしいって」嘲笑。「あきらめたら、でも、そんな簡単な事が選べないんだって。なあ、おれは、おれも、」誰かに聞いてほしそうに、頷いて欲しそうに、そう言い募る。
たまらなくなって、胸が痛い。ひどくひどい何時になく頼りない肩を、わたしはそっと抱き寄せた。
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作者名:花ら小片 | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/1yebl4asi8ufnkj
作成日時:2024年8月12日 20時