覆水は盆に帰した ページ4
ぱたぱたと忙しなく足元を鳴らし、血相を変
え教室に駆け込むやいなや、
「あのね、私ね....」
花は、そういったきりぴしりと固まった。
あんまりにも動かないものである。ので、はて、石にでもなってしまったのかしらとそろそろと歩み寄り、ぺちりと無遠慮に頬に触れてみても、ただしめやかな弾力を味わえたのみで、等の彼女本人からは何のレスポンスを得られなかった。きめ細やかな肌だ。一体化粧水は、乳液は、美容液は何を使っているのよ教えなさいよと心の中でぶつくさ物申す。憎
たらしいことに、全く一切を明かさないのである。
睫毛が、小刻みに震えているのに気がついた。薄くとがった肩も、足も、恐ろしげに震えていた。
「どうしたの。」
愚かなことに、ようやくこの時わたしは花の異常に気づいたのである。
ヤバい、これは不味いやつだ。感触を楽しんでいたてのひらをそのままに広げ、ふんわりと出来うる限り優しくまろい輪郭を包み込む。わたしの優しさが伝わればいいな、という気持ちで。
そしてじっと、硝子玉のように色素の薄く、淡い光の乗った瞳を見つめた。
「何が、恐ろしい?」
彼女はそこでようやっと我に返ったのか、はっと息を吸い込み、あたふたと服を払って、踵を揃え、「ゴホン!」とわざとらしい咳払い。しぱしぱと振れ動く羽箒のごとき睫毛。
「違くて、ううん...ちょっと離れて!」
近すぎた、ごめん。ぐっと肩を掴まれ、されるがまま一歩、二歩、後退。まだまだ白いものの、少しばかり色味を取り戻した顔を見て胸を撫で下ろした。
聞くのは彼女が落ち着いたらでいいかな、とそれとなく視線を下足に移す。つま先が赤い、二学年のそれ。
「昨日、ひとを殺したの。」
額に、花の告白がかかる。
息すら呑めなかった。緩慢に、瞼を上へ持ち上げる。
どうして笑ってるの
咄嗟に出そうになった言葉を慌てて喉元へしまい込んだ。何よりも可憐だとわたしが信じている、イチゴ色の唇が非道いことを言って、端に笑みを滲ませていた。
「...誰を」
ごくり。いっそわざとらしい程に響いてしまった唾を飲む音に急かされて、絞り出した精一杯の質問に帰ってきたのは、「なぁーーんちゃって!!ドッキリでしたぁ」ぱっと華やぐ明るい声。暗さに馴染んだ耳にそれは頬をぶたれたかのような衝撃を与えた。
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作者名:花ら小片 | 作者ホームページ:https://marshmallow-qa.com/1yebl4asi8ufnkj
作成日時:2024年8月12日 20時