１粒.おはよう ページ1
校門を潜ると、自然と出来る人の波。
自ずから体は流され。
脚の行方を追うように、腰から上の胴体たちが流れていく。
高校生活が始まって、１週間後の朝だ。
おはよー、昨日のテレビ観たー？
それな。まじウケる！
あー、また1週間が始まるー。
四方八方から、まるで聞いて聞いてと言うように、耳に届く声たち。
それは、もちろん私に向けられたものではなく。
すごいなあ、もう皆こんなにお友達作ってるんだ。
たくさんの音を耳で奏でながら、到着した靴箱。
４段の高さで構成された靴箱は、出席番号順に振り分けられたものだけど。
私は不運にも、しゃがまないと上履きを取り出せない、下から２番目の段。
下から２番目ってのは、本当にきついの。
１番下ならしゃがみこめるけど、この段は中腰にならないといけない。
中腰でプルプルなりながら、上履きを取り出す間抜けな姿。
自分の筋力のなさをいつも自覚させられる。
よっこいせ、と心の中で唱えて膝を曲げる。
パコッと中を開けると、たちまち香るストロベリー。
お気に入りの芳香剤、奥に入れてて正解だったな。
朝から靴箱嗅いでるのを知られたら、即変人扱いされるので、名残惜しくも扉を占める。
また心の中で、よっこらしょと膝を伸ばした瞬間。
「おはよ。」
A「！」
思わず硬直する体。
聞き間違うはずがない。
あの人の声だ。
チラッと声の方を盗み見ると、やっぱりそう。
佐野くんだ。
「玲於、おっはー！」
玲於「おはー。」
この声、すごく好き。
少し気怠そうで、ちょっとやんちゃっぽい感じ。
玲於「おはよ。」
そうそう、滑舌があんまし良くないところもいいと思っちゃうの。
玲於「...聞こえてる？中村。」
佐野くんから呼ばれてますよ、中村さん。
玲於「...ねえってば。」
ガシッ
左肩に強い力が加わって、ビックリしてそっちを見る。
A「...へ？」
玲於「ずっと中村に、言ってるんだけど。」
佐野くんの言ってることが、上手く飲み込めない。
A「わ、私に...？」
玲於「そ、おはよ。」
A「えっ...あっ、」
意外な人からの意外な挨拶に、絶賛コミュ障発動中。
おはよ。
ただその一言が言えなくて。
佐野くんは私を、じっと見下ろしている。
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作者名：いちご | 作成日時：2018年5月5日 22時
