121.立腹 ページ21
*
部屋着に着替えて戻ってきたA。
一言も発さずに、こちらも発せずに
目も合わせてもらえず距離を保ったまま
Aはパソコンを開いて仕事の資料らしきものを見始め
俺はスマホをいじりながら時間は過ぎていく。
20分くらいして、このままでも仕方ないし
もう今日は自分の家に帰ろうかと思ったところで
部屋に音楽が鳴り響いた。
「……入りますか」
「え……」
「じゃあいいです。ひとりで入ります」
「入んないなんて言ってねーし……」
「それなら早く来てください」
怒ったような口調は変わらないが
一緒に入っていいんだ？という驚きがあって
すたすたとお風呂に向かっていく後ろ姿を見つめていた。
「……遅いです」
「すんませんした」
もうお湯に浸かっているAに見られながら
髪や身体を洗う。
「のぼせちゃうんですけど……」
「もうちょっとだけ待って」
そんなこと言って先に上がろうとはしないのが
Aらしいと思う。
いつもの場所を空けてもらって座った。
「……誰に見られてるか分からないんですから気を付けてください」
「ごめん」
「わたしは別にいいですけど、後で取り返しのつかないことになるのは嫌ですので」
「……ごめん」
「……では、ゆっくりしてってください。お先に失礼します」
こちらを一切見ずにお風呂を出ていった。
なんで怒ってたのか大体予想はついていたが
Aがここまで強く言うなんて思ってなかった。
森の香りの入浴剤がなんだか頭を冷静にさせる。
言われた通り、ちょっとゆっくり温まってから出た。
お風呂を上がるとAはもう髪を乾かし終えていて
テレビで今日のスポーツニュースを観ていた。
映っているのはもちろん田鍋選手だ。
何度見ても大きくて迫力のある特大アーチだった。
同い年なんだよな、って純粋にすごいと思う。
「……どうぞ」
「ありがと」
戻ってきた俺に気付いてドライヤーを渡してくれる。
まだいつものようには接してくれないようで
俺が乾かし終わってもなおテレビから目を離さなかった。
「……A」
「…………」
「聞いてんの？」
「…………」
「はぁ……何、また無視すんの？」
「……ごめ……っ」
「ちょ、どうした」
顔を覗くと静かに涙を流していた。
*
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作者名：はな* | 作者ホームページ：http://uranai.nosv.org/u.php/hp/ge_hana_/
作成日時：2020年10月17日 7時
