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「まだ懲りてねーのかよあの野郎。やっぱもう一発ぶん殴っとくべきだったかな」
「いいよ、そんなことしなくて!」
「つってもよ、スピードで負けてたらお前今頃本にされてたんだぜ。康一と億泰もやられたことあるから分かるが、ありゃあやべェスタンドだ。向こうが手ェ出して来てんだから、こっちだって好きにする権利はあるってやつだぜ」
「結果的に何もされなかったんだからこれでいいの。もう終わったことだもの」
また俯いている自分に気付いて、内心ため息を吐く。
岸辺露伴という漫画家が懲りた懲りないに関わらず、Aは仗助が拳を振るうところを見たくなかったのだ。
『怒らない奴がいるか』と彼は言っていたが、あれはまだ本気ではなかったはずだ。本当の怒りが爆ぜた瞬間を想像しただけで、体が竦む。
話を聞く限りでは露伴も一度仗助とやり合ったことがあるはずなのに、何故彼は平然としていられたのだろう。通りがかった赤の他人にいきなりモデルを命令するくらいだから、肝は座っているのかもしれないが。
いい加減野菜を見つめるのをやめなければと思っていたら、急に腕の中が軽くなった。思わず見上げると、仗助が軽々と荷物を抱えている。
「なら、こんくらいはしてもいいだろ」
彼が手の中で軽く遊ばせてから袋に戻した野菜は、どこも傷ついていない。彼の手が一瞬光ったように見えたのは、クレイジー・ダイヤモンドを使ったからだ。
「そんな、悪いよ」
「俺もちょうど帰るとこだったしよ。万が一にでも、途中でおふくろに見られたらどやされちまうぜ。重い荷物持った女が隣にいんのに、何おめーはボケっとしてんだ、ってな」
他に駄目になったものはないか探しては手をかざす彼は、悪戯っぽく笑って見せた。
行こうぜと細められた瞳があまりにも優しくて、Aはつい胸を押さえた。
熱くなったり冷たくなったり忙しなかった心臓が、今は柔らかな温もりを帯びている。
一昔前の不良然とした見た目や、遠巻きに囁かれる噂に惑わされていた自分を、愚かだと思った。
彼に追いついて隣に並ぶ。
前を見つめていた視線がAに向けられた。体が強張るのを感じないわけではなかったけれど、それよりも気遣うような眼差しを嬉しく思う気持ちが優っていた。
「東方くん」
「ん?」
「助けてくれてありがとう。私のこと、信じてくれてありがとう」
すると彼は、くすぐったそうに端正な顔を綻ばせた。
「いーってことよ」
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こうもり - あげなすびさん» コメントありがとうございます!更新頑張ります! (2022年9月14日 7時) (レス) id: 9309100d6a (このIDを非表示/違反報告)
あげなすび(プロフ) - 面白いですっ...!!これからも応援します! (2022年9月14日 0時) (レス) @page3 id: a4623d5dd3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:こうもり | 作成日時:2022年9月3日 22時