フォビアコンプレックス (ページ45)

今日:1 hit、昨日:3 hit、合計:6,419 hit

第四十四話　サキュバスページ45

かちかちかちかちかちかちかちかち。

　耳の奥で音が鳴っている。鼠が歯を鳴らしている。痛い、痛い。けど、泣き叫んでも助けなんてないの。誰も見てくれない涙に、意味なんてない。なのに、どうしてアタシの目からは黒い涙が溢れてくるの？

　露出した肌から、蛆虫が湧いてきて、アタシの皮膚を食い散らかして、そして蝿になった。大きな大きな黒い蝿。蝿はアタシの眼球を抉り抜く。何も見えなくなったはずなのに、赤、黄色、桃色、水色、カラフルなマーブルがちらつく。

　すべては幻覚なのだ。分かってはいるのだけど、あまりにも不愉快で、蹲る事しかできない。それと同時に、とても気分が良い。頭がふわふわになって、身体がとけるみたいな。得体の知れない高揚感で、気が触れそうになる。

「９５４５サキュバス、異常なし。サキュバシウムの摂取による中毒症状を確認。中和剤を投与して、呼吸器をつけといてね。あと、インキュバスも回収しておいて」

　誰かの声が聞こえる。でも、アタシにはそれが本物か幻覚か分からない。お兄ちゃんを抱き締める。

　お兄ちゃん、お兄ちゃん。アタシの大切なお兄ちゃん。しっかり掴んでいないと、いなくなってしまいそうで。感覚がなくなっても、離してしまわないように。

　しゅー、って、静かな音が鳴る。目の前に、白い靄がかかる。

「……う、あ」

　それによって、身体の悪さがましになる。中和剤、だっけ。……そうよ、中和剤。中和剤で、どうにかましになった。

　目の前がくらくらする。

「はい、インキュバス回収しまーす」

　防護服を着た人間が何人か、お兄ちゃんを連れて行こうとする。目を見開いて、アタシは咄嗟に、防護服に爪を立てた。しかし、分厚い防護服には傷一つつかなかった。

　お兄ちゃん、お兄ちゃん。やめて、連れて行かないで。アタシのお兄ちゃんなのに。お兄ちゃんがいないと、アタシは狂ってしまいそうなのに。

　お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん……

　靄が一層濃くなり、お兄ちゃんの姿が見えなくなる。それと同時に、身体に力が入らなくなって、アタシはまた倒れ込んだ。