フォビアコンプレックス (ページ40)

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第三十九話　薔薇宮ページ40

「……お久しぶりですわね、阿喰様」

　目の前には、かつての盟友でもあり、裏切り者でもあった人間が、私の庇護を得るために静かに傅いている。

　名前は阿喰。昔はここ東区の人間だったのだが、私を裏切り西区に逃げ延びた人間。

　そのお前が、なぜここにいる？

　そう尋ねたいのをぐっと堪えて、私はなるべく平常心を保ちながら、笑みを浮かべ、思ってもいない友愛の言葉を述べた。

「もちろん、あなたを助けてあげますわ。私はあなたの友ですもの……あなたがいなくなったあの日から、あなたを信じて待ち続けていましてよ？」

　確か阿喰は、西区で医療サービストップになっていたはずだけど。おそらく、不祥事がばれて殺されそうなところを逃げてここに帰って来たのでしょう。まったく、愚かな事ね。

　私が裏切り者を許すはずがないのに。

「そうですか、恩に着ります薔薇宮殿」

　……どの口が言うのやら。

「では、今日はここに泊まっていきなさい。大丈夫ですわ、あなたを殺すやつはもういませんことよ」

　阿喰が退場して、私は溜息をつく。最近面倒な事ばかりなのに、更に面倒な事が増えたわ。

　秘密結社が、富裕層の人間を狙って殺害している。そうする事で利益を独占される事もなくなり、フォビアコンプレックスが栄えると本気で信じているのだ。なんと馬鹿らしい。

　私の片割れ、ローザも富裕層の人間だ。私……アルラウネ始祖であるスザンナ・ローズの遺伝子を作り替えて生み出したクローンを家畜人として生産している、牧場主。統治者としての地位に縛られる私に代わり、彼女は様々な裏仕事をしてくれている。

　もし彼女が殺されたら、私の目的が果たせる確率はかなり下がってしまう。彼女は有能だ、なるべく失いたくはない。