51 ページ3
.
彼から離れられないでいると、それを感じたのかあちらから腕の力を抜いて身体から温もりが離れた。幾分か逞しくなった背中が視界に入る。それだけで鼻腔から何かが弾けてしまいそうなのに。
「すぐそこだから、ちょっと我慢して」
びしょびしょになった足元を見ながら彼はそう聞いた。ここから見える彼の車にのせて家に送られるのだろう。そんなのは嫌だ、と先に歩き出した樹を暫く見つめていた。
そして付いてこない私に気付いた樹はこう言った。
「冷えるから。うち行こ」
私はそれに小さく頷いて彼の足跡を辿った。
久しぶりに助手席へと座れば彼も意識したのか車内に沈黙が流れる。すぐエンジンがかけられ静寂は束の間の終わりを迎えたけれど私は右側を見ることが出来なかった。
たまにこうして出掛けた何気ない日の事を思い出すのをやめられなかった。時間が解決するだなんて都合の良い話を信じる人がいるが、私はどうやらそちら側では無かったのだと思い知った。
暫く見慣れぬ景色に頭を空っぽにしていると淡いブルーの外壁の小さな平家が見えた。そこの駐車場に停車して彼が先に車を降りて、私も後に続いた。
「タオル持ってくるから待ってて」
それだけ言って家に入っていった。月が綺麗に見える場所だった。太陽に変わってしまう事を考えると、何故か胸が苦しくなった。
再び玄関が開くと片手にタオルを持った樹と目が合った。さっきから目を合わせない様にしていた彼をまじまじと見つめる事になるのだが、さっぱりと髪を切っていて昔気になっていた頬の痩けは幾分かマシになったように思える。
そのまま庭先に備え付けられた水道の蛇口をひねり、足を
洗い流しながしていた。沈黙に耐えかねた私は口を開くことにした。
『引っ越したんだね』
「…うん」
『ひとり？』
ただ純粋に聞きたかった事を吐き出してしまったから、言い終わった時には遅くて自分の浅はかさを呪うしかなかったんだ。
樹はというと、私にタオルを投げてよこして顔を隠す様に反対側を向いた。
やってしまったなと足を拭きながら、これからどうしようとやけに冷静になった私は近付いてきた樹のことなんか意識の中にはなかったのである。拭き終えてから靴を見れば当たり前に砂が付いていて、裸足のままでいようかなんて事を考えた矢先に体がふわっと浮く感覚がした。
『ちょ、樹？』
「また汚れるだろ」
俗に言う姫抱きをされると、玄関に向かって歩き出した。
.
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 1910人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を見ている人にオススメ
「SixTones」関連の作品
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
絹(プロフ) - 菊池わた�擦気�» ありがとうございます（ ; ; ）書き手さんからそう言って貰えて嬉しいです〜！ (2019年12月19日 1時) (
レス) id: 60cdcfbbf9 (このIDを非表示/違反報告)
菊池わた��(プロフ) - 切なくて重くてすごい面白かったです！一気に読み終えてしまって自分でもびっくりしています。笑 私もこんな作品を書けるように頑張ります！ (2019年12月16日 15時) (レス) id: e0301e7fb0 (このIDを非表示/違反報告)
絹(プロフ) - ささん» ご愛読ありがとうございます（ ; ; ）自分で書いていても樹のシーンは苦しい気持ちになってます、、のんびりですが頑張ります(^_^) (2019年12月8日 20時) (レス) id: 60cdcfbbf9 (このIDを非表示/違反報告)
さ - 切なくて、何回も読み返しています。特に樹くんのターンになるといつも胸が締め付けられます。これからも更新楽しみにしています。ご自愛ください。 (2019年12月7日 22時) (レス) id: 5b9eda9a88 (このIDを非表示/違反報告)
絹(プロフ) - ぶーさん» ありがとうございます(TT) がんばります！ (2019年11月8日 22時) (レス) id: 60cdcfbbf9 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：絹
| 作成日時：2019年10月2日 5時
