侘しく囀る ページ5
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それからは彼女と特に会話も交わさず、しかし長州藩士の男爵家の見合いを断る訳にもいかず本部就任中に彼女との籍が入れられた。正直気乗りはしなかったのは確かであるが軍の評判は良かった。陸軍軍人であった有坂家との繋がりは犬猿と謳われた陸海両軍からすれば妙なものであったものの、そんなものは嫁の可愛さに比べればどうでもいいことだとお偉方は私の籍に大いに満足のようだった。
自分の昇進も近い内にあるだろうという期待もさておき、慣れぬことは慣れぬわけで一人では広いかと思われていた戸建ては彼女とその女中一人が暮らし始めそれはそれは以前の滲みた印象は無くなったであろうが。
近い内に会わせてくれなんて強請るオス田を払いふわりと温かな匂いを燻らす我が家へ帰る。我が家、なんて言い方も妙に擽ったく慣れないものであった。
「ぁ…と、トン六様、お帰りなさいませ…」
「………あぁ」
カラカラと引き戸を開けるといつも私を出迎えに玄関まで顔を出す彼女は此処に来てからどうにも健気に見えた。まぁ、健気に見えたというより健気であるのだが。して十四つも歳下である娘の事を考えると彼女に夫としての振る舞いも出来ず返事だけを返してしまう自分の情けなさと言ったらないが。
質素な着物をたすき掛けした彼女は白い細腕で私の外套や鞄を受け取ろうとするが流石に持たせられないとやんわり断り作業に戻るよう言うとゆるりと瞳を揺らしてから会釈のみを返しぱたぱたと台所に戻って行った。
部屋に戻り外套を放り軍服のボタンを緩める。箪笥には綺麗に畳まれたシャツがきちんと入れられ、どうにも散乱していた室内も彼女が来てから掃除をしてくれているのか綺麗に整頓されていた。
彼女は私とは殆ど口を聞かない。というより私が喋らないので彼女も喋らない、が正しいのだろうが。女中と話しているのを見たことがあるが彼女は自然な笑みを浮かべるものだ。十六の娘が三十の軍人の相手等出来るとも思っていないが、もう少し、彼女の暮らしやすいようにしてやるべきか。…いや、私がそんな器用な男であれば彼女との食卓は既に賑やかであっただろう。
「はぁ…」
全く自分の情けなさは笑えるものである。籍を入れて一週が過ぎようとしていたが、なかなかに難しい。彼女が夕食に呼ぶまで暫く悶々と解決策を練っていたが、碌なものは出来やしなかった。
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米内さんは山本五十六の盟友と言われていた米内光政です。ちょくちょく出ますが重要ではないので。
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