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噂の惨劇と文章の中身が酷似しているらしい。
『ーーーその、二人の男性は』
「惨劇をもたらした2人の男は、夜が明ける頃には美術品と共に忽然と姿を消していた、とだけ。」
背筋に寒気が走った。
「ーー因みに、君の部屋に何やら変わった物はありませんでしたか?」
白馬さんの言葉に首を横に振った。
あれから暫くして白馬さんはワトソンと共に館の探索に出かけて行ってしまった。
『ーーーそろそろニ時間、か。』
暫く練習をし続けていた私だったけれど、少しだけ喉が渇いてしまった。厨房か何処かで飲み物を貰えればと思い、バイオリンケースを持ってサロンルームをでることにした。
ーーードン、と身体に衝撃が走ると同時に、額が鋭く痛んだ。硬い何かが当たった感触に、思わず涙目になって患部を摩る。頭上から驚きと同時に謝罪の言葉が聞こえたため顔を上げれば、随分と体格の良い男性が左胸を押さえていた。
『あ、こちらこそって、あの、左胸、痛むんですか!?』
まさか、今の衝撃で心タンポになったんじゃ。
いや、でも発達が未熟な子供の身体と違って彼は成人だ。
焦っている私を見て彼は一瞬キョトンとした後に、暫くして豪快に笑う。左胸の内ポケットから、幾つかのアンプルを取り出した彼は私にそれを見せてくれた。亜硝酸アミル、そう記載されているのを認めれば再度彼を見上げる。
「ーーわしの薬だ。ガラス製だからだろう、君とぶつかった時に胸に押し込まれたようだ。」
『ーーー薬、割れてませんか?』
彼は入念にアンプルを見回してからニッコリと笑った。
「問題ないようだ。もっとも、自室には予備もある。心配ない。」
彼の言葉に、ホッと安堵した。
「ーーわしは大上祝善。君は…どこかで」
白馬さんが言っていた美食家探偵とは彼のことか。
『ーーー緑川Aです。』
「緑川?もしや杯戸中央病院の院長の」
『ーーー。』
呟くように言った彼を無言で眺めていれば、彼は用事を思い出したのだろう。挨拶もそこそこに彼は何処かへと走り去ってしまった。暫く彼の後ろ姿を眺めてから、ゆっくりと息をはく。
『ーーーあれ、何の薬だったんだろう?』
そっとバイオリンケースから電子辞書を取り出すと、先程見た単語を入力した。
亜硝酸アミルーーーそれは狭心症の治療薬の一つだった。
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