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「そりゃあ分かるわよ。何年貴女の母親やってきたと思ってるの?母さんをナメないでよね。」
『………恐るべし。』
それから私達は笑い合っていたのだけれど、暫くして母さんは検査に呼ばれてしまった。
私は部屋を出ていく母さんに、花瓶の水を交換して帰るとだけ伝えると私も病室を出た。
水道の蛇口を緩める。空っぽの花瓶に水を入れて、花を綺麗に生けていく。最初は慣れなかったこの作業もさすがに三ヶ月が経てば上手くもなっていて、見栄えは申し分ないほどに造れるようになっていた。
「器用だねAちゃん。さすが緑川先生の娘さんだ。」
振り向くとそこには零さんがいた。
『…あの人と一緒にしないで下さい。同じ病院にいるのに母さんの病室に全然顔も出さないなんて。非情にも程がある。』
私の言葉に彼は苦笑していた。所詮うちは私立…つまり個人経営だ。国から援助を受けている大学病院ですら赤字経営が多いこの世の中で、財源やスタッフの数も限られている。院長としていろいろと忙しいのは分かっているつもり。だけれど……。
「……Aちゃん、」
零さんは私の頭をポンポンと叩いてくれた。
「…いやー、にしてもAちゃん綺麗になったね。引く手数多だろ。俺があと七、八年若かったらなぁ。」
ドキリとした。先程の暗い雰囲気を払拭するかのように放たれた彼の言葉は、私を放心させるには充分事足りるものだった。
ドキンドキンと相変わらず心臓が早鐘のように鳴っていて、酷く煩い。
『……あ、』
「降谷先生、こちらでしたか。鈴木先生が―――」
「――ごめんAちゃん、じゃあ俺仕事戻るな。」
私が言葉を返す前に零さんは早口でまくし立てると、急ぎ足で去っていった。
暫くして我に返った私は花瓶を持って廊下に出る。ナースステーションの前にいた看護師さん達に一礼を返すと母さんの病室に戻ろうと歩を進めた時だった。
「え、降谷先生がお見合い?」
聞こえてきた内容に思わず足を止める。
「そうなのよ。来月にね…。なんでも鈴木先生の娘さんとだって。」
その後の彼女達の残念そうな声色も好奇を含む声色も、私の耳には雑音として響き渡った。
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