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6 『値する行動』 ページ6

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 少年は一旦魚から口を離し、溢れる涙を自分の手の甲で拭う。拭っても、拭っても、それは止まらない。
 少年は一時涙を拭くことを諦め、時折しゃくりあげながら何とか言葉を舌に乗せた。



「あり、がとう。ありがとっ、ありがとぅっ……!!」

「……?」



 少年はひたすら、『ありがとう』を口にする。同年代の女の子に頭を下げ、少女の片手を握り、『ありがとう』と言う。

 ──少女がくれた焼き魚を口にした瞬間、少年の胸の中には温かな何かがぶわぁっと広がったのを感じた。それは酷く、温かくて、安心した。



 それが、『美味しい』という感情であることを少年は知らない。
 少女が自分が魚を食べたことに安堵したような溜め息を吐いた瞬間、ささくれた心が溶かされるような感覚──それが、『嬉しい』という感情であることを少年は知らない。

 だが少年は今この瞬間、たしかに、沢山のことを同時に経験した。それを、理解した。






 ……、少年はそのほとんどを知らなかったけれど、そのほとんどを経験していなかったけれど。


 『ありがとう』と。


 少女の行動が、己にそれを言わせるに値する行動であるということは。


 理解していた。





 一方、訳が分からないのは少女の方であった。少女が泣いたことがない、という訳ではない。蹴られたら痛いし、痛かったら泣いてしまう。表情筋があまり仕事をしないだけで、少女は普通の少女なのだ。

 ──どこが痛いんだ、この子は?


 少女は少年に触れてなどいない。だったら、魚の骨が喉に刺さった? だとしたら確かに痛い。

 ……、いや、待て。先程少年は何と言った?



 『ありがとう』?



 ありがとう、ありがとう、ありがとう──? 少女はその言葉の意味を、己の少ない辞書の中で引いた。ああ、思い出した。『ありがとう』とは、




「──お礼が、言いたいのか?」




 少年はコクコクと、ぶんぶんと、頷いた。
 少女は息を呑み、目を見開き、口を茫然と開けた。


 少女は、ただ、驚いて。


 それから。


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白夜の世界(プロフ) - 内田さん» 応援ホントありがとう御座います……!皆様の心を動かせるような小説を書くために頑張ります!! (2020年4月15日 17時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
内田(プロフ) - はじめて読ませていただきました!すごく面白くて、少女ちゃんの生い立ち、すごく感動しました。これからも応援させてください! (2020年4月15日 16時) (レス) id: 2320622f76 (このIDを非表示/違反報告)
燐火 - 成程・・・。私の合作相手もそんな感じですよww (2020年4月14日 12時) (レス) id: 0a3e20f243 (このIDを非表示/違反報告)
白夜の世界(プロフ) - 燐火さん» えぇ、合作はしない主義ですね。自分がパソコンにかじりついていられる時間が非常に不定期ということやその他諸々ありまして……。 (2020年4月12日 8時) (レス) id: ad65672360 (このIDを非表示/違反報告)
燐火 - 白夜の世界さんって合作とかしないんですか? (2020年4月11日 16時) (レス) id: 0a3e20f243 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:白夜の世界 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/nisui03101/  
作成日時:2020年3月28日 16時

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