無能流子育て。 ページ1
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「A、元気か?」
病室の花を変えていると、後ろから声が聞こえた。優しく、柔らかい声。その声はこの基地に来てから毎日聞いている、お母さんのような存在の声だ。Aは花瓶をそっと棚の上に置いてゆっくりと振り向いた。立っていたのは猩々緋色のマフラーを垂らし、この病室に眠っている鬱の同僚、この基地では皆の母親のような存在になっている総統の右腕――トントンだった。彼は眠っている鬱を見てきゅっと目を細める。そして少々声のトーンを落とし、「もう五年もたつんか……」と鬱の額を撫でた。鬱はあの日から今日まで一度も目を覚ましていない。あの時の傷はもう治っているのに、傷跡だって分からないくらいに消えているのに……自分で呼吸も出来ているし、脈も正常。それなのに幾度神に祈っても目を覚ますことは無い。Aは鬱の顔をそっとみつめ、トントンの呼びかけに答えず、小さく会釈をし、部屋を出て行った。後ろからは彼の呼びかける声が聞こえるが気にしない。すたすたと外へ歩いて行った。
そんなことをして申し訳ない気持ちが無い訳じゃない。Aだって好きでトントンを無視している訳ではない。しかし、彼の大切な仲間の鬱が傷ついたのは紛れもなくAの所為だった。トントンはあのメンバーの中で一番鬱を大事に思っていた。そんな彼がAの所為で眠ったままなのに彼は彼女の事を一切恨もうとせず、優しく接してくれる。それがとても辛いから距離を置くしかなかった。
今日も彼女は礼拝堂に足を向ける。そして神の前に懺悔をし、鬱の回復を願う。Aにはそれくらいしかできない。そんな無力な子供なのが歯がゆく、瞳から押さえていた感情が溢れ出す。その感情を拭い、聖母像に一礼したのち、割れた心の欠片を拾いながら礼拝堂から立ち去ろうとする。そんな時、ふと昔の記憶の箱が少しだけ口を開いた。礼拝堂で父親と手をつないでいる。そして礼拝堂の真ん中にはオスマンが聖櫃を手入れしながらゆっくりと鬱と話をしていた。どんな話かは覚えていない。けれど鬱は幸せそうに微笑み、オスマンは優しくAの頭を撫で、茶菓子をくれる。そんな遠い昔の事を思い出した。
――素敵だったあの頃は帰ってこないと言うのが痛い程分かった。どうでもいいような、死んでいるような生活をずっと続けなければいけない現実に戻らなければならない。そう考えるとなんだか礼拝堂から出たくなくなり、Aは其処に座り込んだ。
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メラン(プロフ) - 初コメ失礼します。前作からぶっ通しで見ましたが、番外編では最初っから泣きました。文才も凄いです。これからも頑張ってください。 (2019年3月30日 8時) (レス) id: f8ce7a4341 (このIDを非表示/違反報告)
放射性アイソトープ(プロフ) - 重さん» 返信、大変遅くなってしまい申し訳ございませんでした……! 人気作者の重様にそのように言われて私も嬉しい限りです! ゆっくり更新ですが、気を長くして待っていてくださいね(*´ω`*) (2019年2月6日 16時) (レス) id: c62dc48e07 (このIDを非表示/違反報告)
重(プロフ) - 放射性アイトソープ様、こんにちは。前作で続編希望のコメントを書かせて頂きました…続編が出ていて本当に嬉しいです!今後も素敵な作品が見られるのだと思うと毎日が楽しみです。更新も頑張ってください! (2019年1月12日 13時) (レス) id: 2985056c9f (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:放射性アイソトープ x他1人 | 作者ホームページ:
作成日時:2019年1月5日 20時