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ぐつぐつと鍋の中身が煮えたぎる音に、鼻を掠める香辛料の香り。
人であれば腹が減り腹の音が鳴ったり口内に涎が分泌されたりするだろうが、生憎今台所にいるもの達は全員怪異に属する者のみ。良い香り、と頬を緩ませるに留まっている。
「あと、ちょっとでできます……」
かわいい花柄のエプロンをして、料理をするゆえに髪を纏め上げている絲にどことなく爺臭い感情を抱いてしまいがちな地蔵。おそらくこの気持ちは妖怪の総大将であれば理解してくれるだろう。見た目は別として、年齢的に言えば同じじじいの分類ゆえ。
あとで鉢合わう縁があれば是非報告しよう、そう胸に決めた地蔵は沢子と一緒に並んでダイニングテーブルの前に着席。目の前には深目の皿を、どこに置いてあったのか小洒落たランチョンマットを上に置いてある。
「沢子はん沢子はん」
「なんでしょうか、たたり地蔵さん」
「自分、女の子からご飯作ってもらうん始めてやさかい、緊張してきましたわ」
「あら、たたり地蔵さん。この前わたくしが作ったランチは数に入っていないのでしょうか」
「沢子はんは女の子やのうて女の人やさかい、分類がちゃうんです」
英語で例えるとガールとレディーの違いである。些細なことだと片付けられそうだが、地蔵にとって絲は女の子、沢子は女の人、という認識だ。
なお、大分類とすれば怪異、中分類は女性、小分類にそれぞれとなっている。意味のない情報なのでそろそろ割愛させていただこう。
鍋を冷やすため、氷水を入れたボールに鍋底を当てて冷やしていく絲。もうしばらくしれば彼女が作るヴィシソワーズを食すことが叶うだろう。
軽く世間話をする沢子と地蔵。
「そういえば昨日、ご近所さんの川田さんとお会いしまして」
「川田……。あぁ、あの仏さんがあったマンションの管理人はん?」
「はい。……実は後ろから猛進してきたワンちゃんにタックルされまして」
苦笑いを浮かべる沢子に地蔵は顔をひきつらせていた。
二週間前にこなした任務で地蔵と縁を結ぶことになった川田という大学生と、その愛犬タロー。川田さんは少し苦労人が漂う大学生なだけであって、さしてこれといった特筆すべきことはない。問題はその愛犬のタローである。
タローは怪異を識別する能力を保有しているのか、度々地蔵や沢子、他の怪異を目撃するとテンションが振り切れて猪突猛進してくる。そして、挨拶代わりに顔面を涎まみれにしてくるというオプションも付いてくるのだ。
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作者名:翔べないペンギン | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/Information/
作成日時:2021年7月21日 17時