【路地裏の百物語】浮世の沙汰は諸行無常【派生作品】 (ページ19)

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　達也に返しそびれたタオルを頭に巻いたままの地蔵は、沢子よりいただいた資料と地図を片手に近所である閑静な住宅街をてくてくと歩いていた。背には古びた黄色いリュックサックを背負って。
　時刻は八つ時である15時29分。
　熱せられたアスファルトによって下からも熱気が来るため、かなり暑いだろう。酷ければ40℃は余裕で超えているだろう。
　行き交う人々も日傘を差し、少しでも降り注ぐ陽光を遮ろうと努力している。
　そのような中、たたり地蔵は真っ黒な袈裟を着ながら目的地まで歩く。

「ここやな」

　手元の地図と表札を見て再確認をした地蔵は背丈を伸ばしてインターフォンを押そうとするが、悲しいことにギリギリ届かない位置にそれは存在していた。
　80センチメートル程度の体長しかない地蔵は、腕を伸ばしてもせいぜい1メートルあるかないか。最低でも110センチメートルの位置以上から設置しなければならないインターフォンには微妙に届かない。

「ぐぐぐぐ……あと、もーちょいぃ……」

　爪先立ちをし、プルプルと震える手でインターフォンのボタンを押そうと尽力するが本当にあと数センチメートル足りないでいる。
　軽く息切れを起こした地蔵は一旦インターフォンを自らの手で押すという行為は諦めた。自身で押せないのなら道具を使えばいい。
　背中のリュックサックから取り出したのは古びた折り畳みの傘。持ち手の部分を伸ばせば足りない長さを補える。
　今回は難なく押せたのだが次に発生する問題が一つ。

『はい、どちら様でしょうか』
「……」

　聞こえた声は男性だった。
　今時のインターフォンの種類にはカメラ付きとカメラ無しがあるが、今の世間では防犯を兼ねてカメラ付きが主流。声は届いても姿が見えなければイタズラか何かに思われる。
　ならば。

「こんにちは！自分ッ、沢子はんのッ、紹介でお宅のッ、にゃんこのことをッ、調べにきたッ、もんです！」

　ぴょんびょんと兎のように跳び跳ねる地蔵。着地する度に、跳躍する度に、心なしか地蔵が踏んだ部分が若干凹んでいるように見えるのは気のせいか。
　地蔵が跳び跳ねる度に悲鳴を上げるアスファルト。ドスッドスッと痛々しくも鈍い音が響いていた。

『沢子……あぁ、八道(やじ)さんの所の方ですか。少しお待ちください、直ぐに向かいますので』

　プツリと切れたインターフォンに地蔵はようやく跳ぶことを止めた。心なしか地面が陥没しているのか、若干目線が低くなった地蔵である。