重力使い、絶賛悶絶中。 《中原中也》

第94話　許可とおねだり ページ47

「中也。３日後に、ニューヨークで一週間の海外出張が決まったんだけど、行ってもいい？」
「いいぜ。準備の詳細は、スカイプで知らせる」
「ありがとう。大事な時にごめんね」
「そう謝ンな。仕事に必要な事だろ？」
「うん」

　俺が夕食後に一息ついた後、居間でAの相談に了承して、彼女は主寝室の机上にあるパソコンで航空券を手配し始め、隣室の細長い物置部屋に準備のために暫(しばら)く引っ込んだ。そして、ある程度目途が立ったと推測した頃、隣室の引き戸を開けて彼女に顔を見せ、進捗状況を聞いてみる。

「A。順調か？」
「ああ。パスポートも入れたし、ばっちり」
「っし。寝るか」
「そうだ。お土産(みやげ)、何がいい？」
「ご当地葡萄酒(ワイン)を頼む」
「了解」

　旅行鞄に施錠して婚約者が布団に潜りこんだ後、珍しく彼女から俺の手を繋(つな)いできて、『おやすみ』と一言告げられてから瞼(まぶた)を閉じた。普段、自分から接触してこない分、愛(いと)おしさがこみ上げてきて、頑張って狸(たぬき)寝入り決行中の可愛(かわい)い女性(ひと)の固く閉じられた瞼に接吻を落とし、そのまま抱き枕にした。


　３日後の早朝。徹夜明けの俺とAが自宅前の共用廊下で入れ違いになり、隣人の事も考慮して、声を潜(ひそ)めて話しかけられた。

(おかえり。中也)
(ただいま。A)
(今日だったな。気をつけろよ)
(ああ。…中也。横浜駅に行く前に、抱き締めて欲しい)
(それくらいお安い御用だ)

　旅行鞄から手を離して両手を広げてきた婚約者の可愛いおねだりに応(こた)え、彼女が息苦しく感じないように抱き締めた。Aの両腕が背中に回り、お互いの肩に顔を埋(うず)める。

(…寂(さび)しくなる)
(それは、あたしも一緒だよ。出張の間に、できるだけスカイプするから許して)
(直接触れ合えねェと厭(いや)だ)
(え…。んッ)

　一週間分の隙間(すきま)を埋めるように、最初は接吻に慣れていない彼女のために、唇同士を軽く突き合わせて触れ、次第に深くしていくと、バシバシと背中を強めに叩かれた。

(…ッは。窒息(ちっそく)死するかと思ったぞ！)
(でも、善かっただろ？)
(〜ッ。中也のお馬鹿！ 行ってきます！)
(おう。行ってらっしゃい)

　抱擁(ほうよう)を交わして、赤面して階段を駆け下りていく彼女を見送った。

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