【wrwrd!】いろは唄戀【短編集】 (ページ5)

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君ならずしてたれか上ぐべきページ5

やっと家族以外の面会の許可が下り、彼女が好きなおやつをお土産に持って、彼女の病室を訪ねた日のことだ。

｢＿おにいちゃん、だれ...？｣

純粋に不安の色だけを映した瞳が揺れる。ガサッと何かが落ちた音がして足元を見ると、俺が先程まで持っていたビニール袋が落ちた音だった。

...その後のことは、よく覚えていない。気付いたら息を切らせて自分の部屋で蹲っていた。
どうやら彼女は、俺に関する記憶のみ欠落してしまったらしい。
初めて出会った時のことも、一緒にたくさん遊んだ時のことも。全部全部彼女の記憶からは消え去っていた。

交通事故で一命を取り留めても、記憶障害が残ってしまうという事例は珍しくはない。むしろ脳自体が損傷せずに済んだ事を喜ぶべきなのだ。彼女が無事、日常生活に戻れるかもしれないという事を祝うべきなのだ。
＿なのに、何故だろうか。

『わたし、とんおにいちゃんのおよめさんになる！』

『とんおにいちゃんは、わたしのこと、すき？』

あの子の見せてくれたいろんな表情が、走馬灯のように脳内を駆けていく。

｢う、あぁぁぁぁ...！！｣

俺は、あの子が好きで、自分があの子を愛おしく想っていた事に失ってから気付いたのだ。

そんなトラウマから何年経っただろうか。
俺は高校、大学を卒業し立派な社畜へと成長した。体力だけで押し進めていた数年前がもう既に懐かしく、それを聞いた友人からは｢トントンもおっさんの仲間入りやな！｣などと大爆笑される始末。
そろそろ結婚を、と以前にも増して周りにせっつかれるようになっても、俺はあの子を忘れられないでいた。

三月の中旬頃、帰省して顔を見せたばかりの両親から見合いだと呼ばれて、ある料亭の個室へ入る。
畳の上で正座し、背筋を伸ばして真っ直ぐ前を見据えていた少女がこちらを向いた。

まさか、どうして、ここに。うそやろ？

涼やかな佇まいの中にあどけなさや無邪気さが見え隠れして、あの頃の彼女と面影が重なる。
間違いない、Aちゃんや。
思わず隣におった親父に質問攻めしようとしてしまったが、さっさと出ていかれてそれも叶わなかった。
俺と同じく置いてけぼりにされた彼女はやはり、俺を思い出してはいないようで、きりきりと心が痛む。
彼女と初対面を装わなくては。