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165. ページ31

「すまん精市、用事ができた」

「え?あ、うん」


俺が千恵のことで悩んでいると気づいているのかいないのか、その真意はわからない。

だが明確な回答であったのは事実だ。

ただ、俺が背中を向ける瞬間精市の口角は上がっていたため、恐らく……。



簡単なことだったのだ。

俺は千恵と付き合うことが仁王に対する裏切りだと思っていた。

だがそれは違っていて、俺はすでに仁王を裏切っていたのだ。

千恵と付き合えば、仁王との関係が崩れると勝手に思い込み、恐れ、逃げて、己を抑えることこそが正義だと自分に酔っていた。



俺の仲間が、6年間共に歩んできた仁王が、そんな男だとどうして思えたのだろう。

俺の中の醜い感情が仁王の虚像を仕立て上げ、自分の弱さから目をそらしてきたのだ。

情けない。
……情けない。


走って走って走って、少しだけ乱れた息を整えないまま、俺はインターフォンを押しつぶすような勢いでボタンを押した。

感情が言葉が溢れて、血液が逆流したように俺の指先を熱くする。

風の音すら耳に入らず、ただただ自分の心臓の音を聞いていれば、開かれたドアの隙間から、銀の糸がサラリと揺れた。


「柳?なんぜよ、何か……「仁王っ!」」


自分の発した声の大きさに自分でも驚いた。
だがそんな余裕はなく、目を見開く仁王を尻目に再び口を開く。


「元気か?」

「は?」

「いや違う、そんなことが言いたいのではなく……っ」


自分の言葉の不器用さに今更気づいた。
頭と心と口が全く違う想いでどうしたらいいのかわならない。

感覚そのものが初めてで、滑稽なほど感情が定まらない。





嗚呼。
言わなければいけないことなど決まっている。







「俺は千恵が好きだ」


己にすら明かさなかった感情。
初めて明かす相手は仁王が良かった。

仁王に告げねばならなかった。




『どうして、何も言ってくれんかったんじゃっ』


傷つけてすまない。
隠していてすまない。

仁王、すまない。




.

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SHINO(プロフ) - スノウさん» スノウ様!いつもコメントありがとうございます。スノウ様のコメントは本当に何度も読み返してはニヤけてしまって、とても力をいただいています。そうですね、私も主人公の気持ちをやっと書けたので嬉しいです。笑 どうか最後までお付き合いください。 (2017年4月20日 15時) (レス) id: cc409903fa (このIDを非表示/違反報告)
SHINO(プロフ) - 雪さん» ありがとうございます。気をつけている事に気付いてくださって嬉しいです。fifthの表紙もありがとうございました。申請を出したので使わせていただきます!これからどのような展開になるかは秘密ですが、楽しんでいただけると嬉しいです。ありがとうございます。 (2017年4月20日 15時) (レス) id: cc409903fa (このIDを非表示/違反報告)
スノウ - おつかれさまです!ついに主人公ちゃんから好き、という素直な気持ちが聞けて嬉しいのと同時に、これから彼女がどのように生きていくのか、不安なような楽しみなような。続編待ってます(^^*) (2017年4月18日 23時) (レス) id: 9bbfe87ee5 (このIDを非表示/違反報告)
- お疲れ様です。続編も楽しみにしています。SHINOさんの花火を空が泣くと表現するところや、情景は目に浮かぶのに感情は明かさないようにするところとか本当に好きです。これからも頑張ってください。 (2017年4月18日 20時) (レス) id: 41f82b2237 (このIDを非表示/違反報告)
SHINO(プロフ) - Yさん» コメントありがとうございます!儚さは私の意識している点でもあるのでとても嬉しいです。終わりを残念だと感じていただけるような作品をかけてよかったです。ですが、まだ終わりそうもないので引き続きお付き合いください。笑 応援、本当にありがとうございます。 (2017年4月16日 16時) (レス) id: cc409903fa (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:SHINO | 作成日時:2016年9月8日 17時

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