さよなら、また。 (ページ10)

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◆ ページ10

「もしも何かがあった時は、俺の事を忘れてくれ。」

大多数から見ればいつもと変わらないぶっきらぼうな表情で、なんとも思ってないような声で貴方は言った。どうかお前は幸せでいてくれとすがるように絞り出したその声に、私はなにも言い返せなくなった。
苦しそうな彼の表情をほぐすように頬に手を添える。慰めるように微笑んでやっと私は一言だけ返した。

「馬鹿な人……。」

そう言うと、彼はぱっと驚いたような顔をして、すぐに不服そうに眉を寄せた。馬鹿とはなんだと言いたげな顔だ。無表情に見えて、表情が読み取りやすい。知らぬ間に私の頬はますます緩んだ。ムッとした彼はぎゅっと私の頬を手で包む。そのまま少しにらめっこしたあと、私は彼の手をやんわりと頬から離してそのままぎゅっと包んだ。私の手では彼の手なんてとても包みきれなかったけど、ぎゅっと強く握りしめる。

「本当は、忘れてほしくなんかないくせに。」

「……それは、俺のわがままで。俺はお前に幸せになってほしいから、」

「私が、もしも同じ事を言っても忘れてなんてくれないでしょう？」

ぐっと言葉を詰まらせた彼に追い討ちをかけるように、私は意地の悪いことを言う。彼を困らせるつもりはなかったのだけれど、あまりに分かってくれそうにないからつい出来心で言ってしまった。
私は彼の手をまた強く握る。どうか私の思いが伝わるようにと握りしめる。

「将人が私を想ってくれているみたいに、私も将人を想ってる。頼りないかもしれないけど頼ってほしいとも思ってる。私にとって、将人は永遠に愛したい唯一の人なの。」

「だから、結婚してよ。」そう言う前に、強く手を引かれて彼の腕に包まれた。心音が聞こえる。あたたかい。なんてあたたかくて幸せな場所なのだろうか。

「結婚しよう。」

彼の腕から解放されて、目と目が合った。今までに見たことないくらい、穏やかで優しい微笑みだった。
重ね合わせた唇は、あたたかで、甘やかで、これから私たちの永遠が始まっていくんだと、そう思った。

これは、彼がなくなる前日の出来事だった。