5章 死んだ月夜 ページ17
あ探偵社を去るまで、あと三日だった。その日、私は乱歩さんに話しかけられた。
キーボードを打つ手を止め、彼を振り返る。
「乱歩さん......」
「ねぇ、萩原。探偵社辞めるんでしょ」
彼は凛と私を見据えてそう言った。私はどくん、どくんと心臓が打ち、指先が震えるのを、隠すようにしてこぶしをぎゅっと握りしめた。
「そんなわけ、ないじゃないですか......」
なるべく、笑顔で言ったつもりだった。それなのに唇の端が震え、まぶたが硬直し、たぶん、うまく笑えてはいなかったのだろう。少しうろたえて、私は乱歩さんから少しだけ視線を落とした。
「萩原」
乱歩さんが言う。
「行かないでくれ」
それは、まったく予想外な言葉だった。
「初めて逢った日のこと、憶えているか? 雨がひどい日だったな。僕、寒くないのかって訊いたとき、萩原は―――」
「やめて!」
思わず叫んだその声に、社内が冷えたように静まり、視線が私に集まる。しかしそんなこともそのときばかりは気にならなくて、ただただ、痛む心臓を抑えながら私は言葉を吐いた。
「もう私を、過去に捕らえないで!」
「おい、萩原」
「萩原さん!」
乱歩さんの声の次、やわらかで、温度ある声の彼が、私を呼んだ。
「だざいさん......」
「あぁ、そうだよ。ねぇ、萩原さんはなにを言っているの?教えてくれよ、どうか」
肩をやさしく掴まれる一方で、その力は強く、私は身動きがとれなくなった。
「ねぇ、ここが嫌なら私とともに逃げ出してしまわないかい? 私、君を放っておけないよ」
「もう遅いよ......」
「なんだって?」
「遅いの」
一言そう告げれば、たった一筋、涙が頬をすべった。
「もう、戻れないよ! 私だって、探偵社が大好きだよ! 辞めたくなんてないのよ!でも、もう、遅いよ!」
きりきりと、甲高い声で叫んだ。「放して」と、肩を掴む太宰さんの手を払った。
そうすれば安定を失った私の体はぐらりとよろめき、背後にいた敦くんがそんな私の背を支えてくれた。
本当に、最後まで情けない私だ。自己嫌悪が胸に積もって、息ができなくなる。
そのときひとつ、いやな考えが、私の脳裏に浮かんだ。
「萩原さん。とりあえず、座って。息をしよう」
太宰さんが私にそううながし、その通りに私は椅子に腰掛けた。そのとき、だれか、やさしい声が私の名前を呼んでくれた。
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うずのしゅげ(プロフ) - 猫さん» ありがとうございます笑笑 そうですね、本当に彼女には報われてほしいですね☺️☺️ ドスくんが楽器を弾いて、夢主ちゃんが歌ってとかっていう穏やかで幸せな日々がありそうで妄想の翼が広がりますね!!笑 (7月17日 10時) (レス) id: c82952eeb4 (このIDを非表示/違反報告)
猫 - ズビッズビッっべ、別に泣いてないですけど、夢主ちゃんは幸せであって欲しいですねズビッ (7月8日 10時) (レス) @page24 id: a46c77cf46 (このIDを非表示/違反報告)
吹原思木(プロフ) - ラいむさん» ラいむ様!!長い間、本当にお世話になりましたー−!!!こちらこそ、今までありがとうございました。受験勉強がんばってきます!何度も何度もしつこいようですが、本当に、ありがとうございました! (2022年10月23日 21時) (レス) id: 82c6167370 (このIDを非表示/違反報告)
吹原思木(プロフ) - 眠夢@低(無)浮上さん» わー−!!うれしいですー!そうですねー、もうこの作品を書くことがないんだと思うと、本当に私も寂しい気持ちです、、わざわざコメントありがとうございました!次作でもよろしくおねがいしますー−! (2022年10月23日 21時) (レス) id: 82c6167370 (このIDを非表示/違反報告)
吹原思木(プロフ) - 黒猫さん» 上から読み返してくださったんですか......!! いやもうまじで、うれしいです!!黒猫様にはお世話になりました、今まで本当に、ありがとうございました!!受験勉強も、がんばってきます! (2022年10月23日 21時) (レス) id: 82c6167370 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:うずのしゅげ | 作者ホームページ:https://twitter.com/8YgT1yhKwYPDEd7
作成日時:2022年8月11日 22時