輝く水平線

【連絡】5　★ ページ5

「ゆづがお見合いだなんて…。う、嘘でしょ…。」

「嘘言ってどうすんですか。」

「えっえっ、誰と？」

周りに聞こえないようにお互いの頭を近づけ、さっきよりは小さな声で耳打ちするように会話する。

「航空会社の常務の娘さんと。」

「それは…断れない役職ね…。」

「だから困ってるんですよ。」

さっき電話で言われたこと。
それは会社のために、俺との関係を今以上に深いものにしたいというお願いだった。

羽生結弦という広告塔を永久就職させるため、いわば政略結婚の第一歩とでもいうべきか。

お見合いなどと言いつつも、もう全て筋書きが出来ているんじゃないかと、考えれば考えるほど気が気じゃないのだ。

「もう引退したんだし、所属先としての関係を解消すれば？」

「そんなの人としてやっちゃだめでしょ。」

もう何年もお世話になっていて、今さら後ろ足で砂をかけるようなやり方で去りたくない。

「でもねぇ…。あ、今付き合ってる女性とかいないの？もう相手がいるんですって断ればいいじゃない。」

「いないですよそんな人。」

自慢じゃないが、俺は年齢イコール彼女いない歴のタイプの人間だ。
それに嘘をついたら、ずるずるとつき続けなければならなくなる。そんなの間違ってるし、趣味じゃない。

「そっかぁ…。」

「断りたい。とても断りたい。」

「立場から言って無理ね。相手から断られて丸く納めることだけを考えなさい。」

「くぅ〜…。」

それくらい自分でも考え済みだ。
やっぱりアドバイスらしいアドバイスなど貰えるはずもなかったな、残念。

「そうだ。それよりコーチをお願いしたい子がいるって話しなんだけど。」

「あ。」

奈々美先生がようやく俺がここへきた目的に触れた。
電話では女子選手だとしか聞いてなかったな。

「年齢が年齢だけに、今季で引退考えてるみたい。でももう少しで３アクセルが跳べそうなの。」

「何歳ですか？」

「２２。」

…微妙だな。女子は未だに低年齢化の波がすごいけど、その子の体格とかセンスによるから、年だけでは判断が難しい所だ。

「これから来るから一度会ってみて。」

「わかりました。コーチになるかどうかは即答できませんけど、アドバイスくらいならしますよ。」

とにかく一度滑りを見なきゃ。
スケートの話をするだけで、なんとなくお見合いで沈んだ気持ちが落ち着いた。





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